内容的に凄惨なものになっているので

好まない人は読まない方がいいと思います

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

# 報い

## 一

「今月も三百万か。上出来だな」

俺は部下から上がってきた報告書に目を通しながら、
満足げに頷いた。
投資コンサルティング会社という看板を掲げた
この事務所は、実態は組織的な
投資詐欺グループの本部だ。
俺は二十代にしてこの組織のトップに立っている。

高利回りを謳った架空のファンド、
実在しない海外不動産投資、
仮想通貨の情報商材——手口は様々だが、本質は同じ。
人の欲望につけ込んで金を巻き上げる。
罪悪感? 最初はあった。
でも今は違う。騙される方が悪いんだ。
世の中はそういうものだと、
俺は自分に言い聞かせてきた。

携帯が震えた。母親からだ。

『元気にしてる? 無理しないでね』

短いメッセージ。いつもと変わらない。
俺は既読をつけただけで返信しなかった。
来週、久しぶりに実家に帰るつもりだった。
母親を驚かせてやろう。
今回は百万円包んで持っていく。

母子家庭で育った俺は、
貧乏というものを骨身に染みて知っている。
給食費が払えなくて、担任に呼び出された日。
遠足の積立金を出せずに、一人だけ学校に残された日。
ボロボロのスニーカーを履いて、
同級生に笑われた日。

そして何より、パートを三つ掛け持ちして、
それでも家計が苦しくて、
夜中に台所で泣いていた母親の姿。

「いつか絶対に、お母さんを楽にさせてあげる」

子供の頃、俺はそう誓った。

その誓いを果たすために、俺は手段を選ばなくなった。
最初は普通の営業の仕事だった。
でも真面目に働いていても、
母親を楽にさせるような金は稼げなかった。
そして気づいたんだ。
この世界では、正直者は報われないと。

## 二

新幹線の中で、俺は母親に電話をかけた。
何度コールしても出ない。
まあ、パートで忙しいんだろう。
サプライズにしておこう。

実家の玄関ドアの前に立った時、嫌な予感がした。

郵便受けが溢れている。
新聞も何日分か取り込まれずに残っている。
鍵を使ってドアを開けると、
異様な静けさが俺を迎えた。

「母さん?」

返事はない。

リビングに入った瞬間、俺の体は凍りついた。

母親が、そこにいた。

首を吊って、そこにいた。

## 三

警察、救急車、検視、
事情聴取——全てが悪夢のように過ぎていった。

遺書があった。震える手でそれを読んだ。

『拓也へ

ごめんなさい。母さんはとても愚かでした。

良い投資話があると言われて、
貯金を全て投資してしまいました。
あなたが毎月送ってくれていたお金も、
全部つぎ込んでしまいました。
もっとお金を増やして、
いつも無理をしているあなたに恩返しがしたかった。

でも、それは詐欺でした。全てなくなりました。

あなたが一生懸命に稼いだお金を、
母さんの愚かさで全て無駄にしてしまいました。
あなたに合わせる顔がありません。

あなたを産んで、育てることができて、
本当に幸せでした。
ごめんなさい。そして、ありがとう。』

手が震えた。遺書が床に落ちた。

刑事が俺に何か言っていたが、耳に入らなかった。
ただ一つの質問だけが、口をついて出た。

「詐欺グループは……特定できているんですか」

刑事は資料を見ながら答えた。

「ええ。『フューチャーインベストメント』
という会社の関連組織の犯行と見られています。
手口から判断して、
最近急成長している詐欺グループの一つです」

フューチャーインベストメント。

それは、俺の傘下にある詐欺グループの一つだった。

## 四

全身の血が凍った。

母親を殺したのは、俺だった。

直接手を下したわけじゃない。
でも、あのグループを作ったのは俺だ。
マニュアルを作り、ターゲットの選び方を指示し、
トークスクリプトを用意したのは、全て俺だった。

部下たちは俺の指示に従っただけだ。

母親は、俺が作り上げたシステムの、
一人の犠牲者に過ぎなかった。

俺の部屋に戻り、過去の記録を漁った。
あった。母親の名前が、被害者リストにあった。

担当者は新人の山崎だった。
俺が三ヶ月前に雇った、二十歳の若者。
営業成績が良かったから、俺は彼を褒めていた。
ボーナスまで出していた。

母親を騙した金で。

携帯を握りしめた。
部下たちに連絡して、
証拠を全て消させることもできた。
まだ警察は俺たちの本体には辿り着いていない。
逃げることもできた。

でも、何のために?

母親を楽にさせるために始めたことが、
母親を殺した。

俺が守ろうとしたものは、もう何もない。

## 五

警察署の前に立っていた。

朝日が昇り始めている。街が目覚め始める時間だ。

ポケットには、
母親に渡すはずだった百万円が入っている。
母親の血で染まった金だ。

自動ドアが開いた。

「あの……」

受付の警察官が顔を上げた。

俺は深く息を吸い込んだ。

「投資詐欺の件で、自首します」

その瞬間、何かが崩れ落ちる音がした。

それは俺の中で、長い時間をかけて積み上げてきた、

歪んだ建物が倒壊する音だった。

母親を楽にさせたい。
ただそれだけを願っていた少年は、
いつの間にか、愛する人を殺す怪物になっていた。

取調室に通される時、俺は空を見上げた。

「母さん、ごめん」

小さく呟いた言葉は、誰にも届かなかった。

(終)