切なさ募る | 崖っぷち十番勝負

崖っぷち十番勝負

日々新又日新(ひびあらたにして、またひびにあらたなり)
我以外皆我師也(われいがいみなわがしなり)



中央競馬の調教師である小島貞博さんが昨日、亡くなったと言う。

私が競馬を最も多く見た時代…
80年代後半から90年代にかけて輝きを放った騎手であった。

今の世代、今の競馬ファンには現役当時を知らぬ人も多いかもしれない。
小島さんは関西所属であり、関東の私にはなかなか直接目にする機会は少なかったが、スターでございますと言う雰囲気の騎手とは違い、実に渋くまさにいぶし銀と言う言葉が似合う乗り役であった。

彼はダービージョッキーだ。
東京優駿に2勝している実力派である。

しかしながら、彼にはその他に特筆すべき栄光がある。

小島さんは障害レースの最高峰の中山大障害をキングスポイント(悲劇の名馬、テンポイントの弟)で春秋連覇しているのである。

ダービー、大障害双方の優勝騎手は他にもいる。
メリーナイスで東京優駿を勝った根本騎手もそうである。

しかし、双方の最高峰を2勝したとなるといない。

武豊や田原成貴があまりに輝いたために、それこそ長きに渡り目立たずにいたが、玄人好みされる騎手であった。

実直ながら寡黙で男は多く語らず…
インタビューでも淡々と話す姿に憧れを抱く想いをしたことがある。
私は平地競争は大嫌いなため、障害で腕を磨いた小島さんが勝てば、我がことのように嬉しく、また誇りに感じたものだ。

調教師になり、まだまだこれからのことであったろう。
そんな小島さんが自ら命を絶ったと言う。

厩舎の経営に悩んでいたとか、真偽は知らぬがいろいろな話も聞く。

でも、そんなことはいい。

事実を知っても帰りはしない。



ただただ、残念だ。

photo:01



小島貞博師

どうか安らかに…




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