今日は勤務中に所用で外に出た。
途中、コンビニと小さな公園があるのだが、その公園にある防災倉庫の軒下の地べたに、同い年ぐらいと思われる女性が横になりながら酒を飲んでいた。
周りには酎ハイやワンカップの空いたやつが転がりまくっていた。
目は座り、まさに泥酔者である。
女トラだ(トラ=噛み付いて暴れるのを動物の虎に擬えている。江戸時代に酒を表した言葉『笹』とセットに描かれやすい虎と掛けている)
寒い空の下である。
実にだらしがない姿だった。
離れたところに子供がひとり座っていた。
平日の昼間、まだ午前中だ。
未就学とは思われるが、見た感じは5歳ぐらい。
誰もいない公園にいるのは不自然である。
行きは気にならなかったが、数十分は経ったであろう帰り道にでも見かけたので、気になって声をかけた。
なんと、倉庫の軒下で寝ながら酒を浴びている女が母親と言う。
呆れ返りながらもその女に声をかけた。
案の定、会話にならない。
『ばっきゃろぉ~』
辛うじて解析できたのはこの言葉だけであった。
やがていかにも優しそうな初老の御婦人が近づいて来た。
やはり先ほど通り、気になり戻って来たと言う。
坊やに聞くと朝からここにいると言う。
真冬だ。しかも建物の陰にある公園である。
御婦人と話をしながら二人で悩んだ。
二人の意見は同じである。
坊やが危ない。
ならば警察を呼ぼうと言う結論に至り、警官に来ていただいた。
寝酒を嗜む女トラは警官を見た途端に手足をバタバタさせて暴れ出した。
やがて応援のパトカーが到着。
テレビの警察24時でもおなじみの泥酔者収容シートで簀巻き状態にされて運ばれて行った。
ちなみに坊やは近くの保育所が警察と話し合いをして預かりますと快諾してくれたために無事に落着する形となった。
一件落着ではあるし、坊やにもしものことがなさそうで何よりであるが、あの意志の弱い母親に対する腹立たしさは残った。
酒を浴びなければならないような、酷い苦痛を味わったり、辛酸を舐めさせられるような経験から奈落の底へ引きずりこまれたのかもしれない。
しかし、それは自分の人生の岐路において、己が選び進んだ道の先で起きた結果である。
では、子供はどうだろうか?
生まれる環境、家柄、両親の資質…
どれも選べないではないか。
酒は毒にも薬にもなる。
しかし、逃げに使うのは毒にしかならない。
子供に背を向けて、ただ自分の傷を忘れるために飲むなら毒だし、口が卑しくて飲まずにいられなくて、我が子を放置したまま飲むのなら、いっそ人間などやめたら良い。
今ごろ酔いが醒めて猛省しているか、または猛省したふりをしてるかわからない。
しかし、子供はしっかりと親の姿を、そして背中を見つめている。
猫っかわいがりは論外。
時に突き放し叩く必要もある。
しかし、親とは自らは食わなくとも子に食べさせ、自らは凍え死のうと子供に着させる生きもの。
子供の目前でありながら、蓑虫のように包まれ運ばれて遠くに消えて行く姿に、なんとも言えぬ怒りをおぼえた。
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