保育園からの呼び出し。
こどもの発熱。

その日は夫の出動で事なきを得るも、さあ、翌日からどうするか。


朝熱は下がっていて保育園に預けたとしても、日中にはあがるかもしれない。
そうするとまた呼び出しが来る。
それなら最初から病児保育に預けるか。
基本はキャンセル待ちなので空きがでなくて預けられなかったら保育園にも行けなくなるし。

悩んだ末、10時まで病児保育のキャンセル待ちをして、入れなかったら保育園につれていくことにした。

発熱翌日はあきがでたので病児保育に連れていった。
17時45分までにお迎えといわれたけど、遅刻したぶんの仕事があふれ、ダッシュもむなしく5分遅刻。
「決まりですから守ってくださいね」と言われる。
もちろん、そうです、決まりを守らなかったのはわたしです。
結局その日も午後から熱はあがったようで、病児保育に入れたおかげでわたしは1日働くことができたのだし。
「すみませんでした」
わたしは謝る。

その翌日は、10時までキャンセル待ちをしても病児保育からの連絡はなく、熱はないことを確認し保育園に連れていく。
保育園の先生は眉毛を八のじにして、心配してくれる。
「もうだいじょうぶなの?」
でもわたしには
「こんな具合悪そうな子つれてきてだいじょうぶなの?」
に聞こえてしまう。
抱き抱えた娘は、たんがからんだ咳をしている。
やっぱり、迷惑だよね?それでも仕事にいかなくちゃ。
「すみません、たぶん大丈夫です。熱はないです。」
根拠はないけど、わたしは謝る。

二日連続の遅刻。
滞る仕事。
「お子さん大丈夫?」
とこえをかけてくれる職場のみんなに対して、なんでもないよというふうに
「遅れてしまってすみません」
「かわっていただいてすみません」
「調整していただいてすみません」
何度も何度もわたしは謝る。
家庭の事情と仕事とは関係ないもの。


娘は、
熱はなくてもダルいのか、ここのところいつもよりもワガママぎみ。
ゼリーしか食べない。抱っこじゃないとイヤ。
きっと甘えたいんだろう。
これでは家事や仕事どころか、自分の食事さえもままならない。

でも、そうだよね、病気のときは心細いよね。
病児保育は大人の数も多くてとてもとても手厚くサポートしてくれるけど、慣れない場所に慣れない人と1日中いるのは、わたしだって苦手だ。

「ごめんね、からだつらいよね」
2歳の娘にわたしは謝る。
本当は「ごめんね、ずっとそばにいれなくて」と言いたかったのだけど、保育園に預けることに罪悪感をもったら終わりな気がして言葉にするのをぐっとこらえる。

その次の日は、夫が病院につれていって、登園させてくれる。
わたしが自分の仕事のフォローにかかりきりなので家事は夫がやっている。
ぐずる娘もあやしてくれる。
分担するのは当たり前なんだけど。夫に責められてるわけではないんだけど。
夜中まで仕事をしてうとうとしている夫を見ると、
「ぜんぶやってもらってごめんね」
なんでだろう、自分でもわからないけど、わたしは謝る。
べつにぜんぶやってもらってるわけではないのに。

関わる人すべてに360度謝りながら
なんでわたしは働いているんだっけ?
夜中に仕事パソコンを立ち上げ、フリーズ…

ワーママあるあるなんだろうな。
わたしだけじゃない、この虚無感と戦ってるのは。

そのとき、わたしは、ずーっと心の奥底に常に横たわっていたもやもやした「その決断」に
ついに手を伸ばしたのだ。
常にチラチラ意識はしても、見てるだけで、触れてはいなかったその決断。

もう、会社、やめよう。
というより、やめるしかないな。
今のくらしは、わたしの望んだものじゃない。