今日は少し次女、乃々華に俺からの想いを書いてみようと思います。
2018年5月15日に生まれて、看護婦に「お父さん抱っこしてあげてください」と言われて対面した時に驚きました。ダウン症だ!ってすぐに気づいたから。
凄くショックで。心臓の病気だけなら、それさえ手術で治れば、あとは普通の生活に戻れる!って思って頑張ってきたから。

生まれて2時間。今度はこども病院に急遽、転院。
救急車に乗る生まれたばかりの娘。
こども病院では、説明として言われたのは「2年後の生存確率はほぼ0%」
いやいや。生まれて4時間しか経ってないんだぜ?冗談にしてはパンチが効いてるし、本気だとしても俺はどうやってその話を生んだ病院で待つ妻に言うんだよ。
「それ書き直しておいてね。疲れているから、今日はこれで帰って来た事にするから。妻が来る明後日までにはその紙の内容、2年後生存確率50%ぐらいに書き直しておいてね。」その光景は今でも頭に残ってる。きっと消えないだろう。

病院に戻って妻に言われた内容より少しいい形にして伝えても泣かれて…。それも頭に残ってる。
家に帰って家族に話したら、みんな食欲なくなって、みんな夜寝れなくて…。
医者にダイレクトに言われた俺はもっと寝れなくて…。

大動脈狭窄症、左心室低形成が自然に治らなくて手術していたら、きっと今頃、次女はいなかった。
2018年6月の手術前にするかしないか問われて…。
娘に「どうしたい?君の命を親である俺が決めるには少し荷が重いよ。君の命は君の物なのだから。喋れればどうしたいかわかるのにね。このまま、手術しないで治っちゃえばいいのにね。」
なんてNICUで眠る娘に話しかけけて…。その二日後に自然に治っちゃって…。
看護婦に「お父さんの思いが通じましたね!どうしたいのかノノちゃん自分で決めましたね。」なんて言われて…。
もうすぐ1歳10ヶ月。彼女は本当に頑張ってきた。
街に出ると、たまにじっと乃々華の事を見ている方々。きっと「ダウン症だ。」なんて思われているんだろうけど、最近は気にならなくなった。
乃々華って名前は病気がわかってから付けた名前で。本当は萌々華、百々花あたりを考えていた。
乃々華って名前にはもちろん意味がある。

乃→乃は接続の助字。漢字と漢字を繋ぐように、乃々華がいることで人と人との繋がりができるような架け橋になってほしい。

華→華には美しい、あでやか、華やか、彩り、装飾、栄える、名声が上がるなどある。
ダウン症でも病気を持っていても、彼女の人生にこの全ての言葉がどこかで入ってくれるような人になってくれたら。
その名前の通りたくさんの出会いを彼女はくれました。

こども病院の先生、看護婦。
同じダウン症の子に出会ったり。
特別養護施設での出会いや街でもダウン症の子を持つ親に話しかけられたりして…。
役場の方々とも乃々華がいなければここまで関わる事もなかったでしょう。

たくさんの出会いによって、支えられて生きている。人との繋がりの大事さ、感謝を両親は知ることができました。

そして、生きようとする力。彼女は生きたい!と精一杯頑張っています。命の尊さ、大事にしなければならい。それを知り、我々も必死に生きて行くべきだって感じました。

どんなに辛くても笑顔を忘れてはならない。乃々華はダウン症の特徴でもある、いつもニコニコしている子です。彼女は基本的に穏やかでいつもニコニコしています。その笑顔に今は、癒やされています。


1歳10ヶ月にして、親にたくさんの事を教えてくれて、考え方を変えさせてくれて、たくさんの出会いを作り、笑顔で楽しそうにしている娘。
その娘を生まれた時から「可愛い!可愛すぎて困っちゃう」なんて言っている妻。

「そうか!彼女は妻を選んできたんだな!この人が母親なら私を可愛がってくれる!」って思ってきたんだろうなって思う。
こういう家族に囲まれているのだから俺も考え方も変わるのだろう。

生まれた時に感じたショックや不安はもう無く今では「乃々華が生まれてきてくれて、幸せを運んできてくれて、元気になってくれて良かった!」と思う。
長女には「病院で頑張ってお胸にいた悪い虫をとってきたんだよ!」と伝えてあって…。

長女は乃々華の事を「私の妹は、病院でお胸にいた悪い虫をとってきたすごい妹なんだ!」と自慢げ。
それでいい。いつまでも「のんちゃん、大好きよ!」って言う長女のお決まりのフレーズが消えない日を祈っているのが今の俺の心境だろうか。

ブログ更新もほぼしないでいたここ数年。

今年は少しは書いていきたいですね。

 

心の準備ができました。

すべてを書こうと思います。

 

次女が2018年5月に生まれました。

生まれる前の2月28日の検診。

ここで心臓が変だと言われました。

 

生まれる前に言われていた病名としては、不完全型房室中隔欠損症と大動脈狭窄症でした。

 

生まれてからもすぐに、こども病院に搬送されることはなく母親と退院してからこども病院に移送と言われていました。

 

生まれてきて2時間。俺と妻は別室に呼ばれてこう言われました。

「完全型房室中隔欠損症、大動脈狭窄症、左心室低形成、ダウン症(21トリソミー)」

 

すぐに救急搬送。

 

しかし、彼女の生きる意思は強かった。

心室の部屋の逆流は少しずつ塞がり1mmないぐらいになり、大動脈狭窄症は勝手に治り、左心室低形成は心臓の負担により心臓がでかくなっていた為、左心室は100%、右心室は200%超えという奇跡を起こしてくれました。

2019年3月26日に完全型房室中隔欠損症に対する手術を行い元気になりました。

 

ただ、僧帽弁の動きが悪い為、いつ人工弁になってしまうか分かりませんが…。

でも、今の所は元気です。

ダウン症は本当に成長が半分ですね。

 

1歳7ヶ月になろうとしていますが、喋れる言葉は「パパ」ぐらいでしょうか。

未だに歩けません。

半分。9ヶ月で見たらどうかな。割といい線言ってる思うなw

トップクラスじゃないか?そんなふうに想いながら子育てが出来るのも幸せなのかもしれません。

 

彼女が生まれてきてくれたことを今では感謝しています。

命の大切さや病気の怖さ、生きようとする姿勢、たくさんの病気の子供達を見てきました。

たくさんの人との出会いを作ってくれました。

 

次女が生まれてから、自分の中で印象的だった言葉というのがあって。

生まれてすぐに搬送されてしまって妻と次女は会えないんですよ。

でも、周りのお母さんは自分の子供が隣にいてね。

授乳の時間になると幸せそうな顔で授乳スペースに移動してね。

妻は一人で機械を使って病院に持っていって貰う為に部屋に残って…。

「機械の音と奥様の泣いているのが聞こえるんです」って看護婦に言われて…。

なんて妻に声をかければ良いのかわからなくてね。

今でも良い言葉が浮かびません。

 

俺は生まれてすぐに、こども病院についていって先生から言われたのは「2歳まで生きることないでしょう」って言われて「いやいや、生まれた日に言う言葉じゃないでしょう。妻にそんなこと言えるわけがない。これ明日までに50%未満ぐらいの可能性って書き直して」なんて頼んで…。今だから言えるけど…。

 

 

後は妻が退院して、家に戻ってきて俺の母親に「病気の子供を生んでしまってごめんなさい。」って言葉は、しびれたな。

 

もともと医学は好きだったし、かかりつけの先生とよく話すから色々教えてもらっているから其の点は良かったって思えたかな。

少なからず先生と話していて、こちらもどんどん聞いていけたし内容把握ををするのに時間がかからなったから。

 

僕たち家族はだいぶ強くなったし考え方も変わったよ。

育児に対してもおそらく、そのへんの人よりできるよ。怖いものは無くなったよ。

 

だからこそ、外出許可も降りて自由となった次女と今年はたくさんの所に行きたい。

 

今年の目標。

家族で色んな所に出かける。

 

 

これが当たり前なんだろうけど、僕たち家族にはようやく当たり前になる。

 

さてと、他の目標としては…。

 

 

・ダイエットをいつも目標していたが去年15キロ落とし達成。今年は現状維持。

 インナーマッスルを鍛え、痩せやすい体質に。

 

・音楽制作が出来てない年だったので今年は作品を残す。

 

・医学の本を少し購入しさらなる知識量増加

 

 

これぐらいかな。

購入品としては目標はケンパーかなw

 

さあ、今年はどんな年になるかな?

 

 

 

金曜日に公園に行ってきました。
2歳でこれですよ!補佐があるとはいえどうよ!この運動神経!←親バカってこんな感じですかね。


高3の妹が学校終わりに来て遊んでくれました。
本当に良い子です。

妻と子供二人と過ごす時間は凄く大事だし、幸せな時間です。
でも、幸せな時間=身体の疲れなんです。
歳でしょうか…。

妹が「お疲れ!会社、休みでもこれじゃあ、疲れとれないね!」なんて言ってました。
妹が優しいからこんな言葉をかけてくれたのでしょうか?
それとも俺の顔を見て「めっちゃ疲れてるやん!」って思ったのでしょうか?

後者だとしたら…俺はもう少し体力作りが必要なのかもしれません。(笑)


事実、足の疲れがとれないんですよ。

若い頃は次の日には元気だったんですけどね。


豆腐ハンバーグ、半分もう食われてますけど、作ったりしてね。
人参ともやしのナムルも作ってみましたが…。

食べず…。う〜ん、子供のご飯は難しい。野菜嫌いなわけではないですがムラがありますね。
なんとか娘にも食べる楽しさみたいなものを知ってもらいたいものです。


3月から口内炎ができたり治ったりを繰り返し、何となく怠いんですが…。しばらく良かったもののまた出来た。…。
今回は本当に痛くて喋るのも嫌って感じで…。さすがに5日もこんなの続けば嫌気も出ますよ。
一応、病院にもう一度行こうと思い来ているが待ち時間が長いのでブログ更新。

少しでも良くなると良いのだが…。
新元号発表の瞬間を見る予定はなく仕事していたのだが、大先輩に仕事止めて生でみようよ!と言われてみました。「こういうのは、滅多にないのだからその瞬間を見るのは良い事だ!」なんて言われてね。

そうだな。たまには良いか!なんて…。

令和
聞いた瞬間の感想は良い響きだなって思って、その後少し言いづらい。でもすぐになれるか。
そんな感じ。
万葉集から参考になった今回の言葉は、個人的には良い言葉だと思いましたね。
戦争や天災など起きない時代になる事を祈っております。

昨日は桜祭りに少しだけ顔を出した。ほんの20分ぐらいか。出店が好きでね。
夜桜も綺麗に彩られて、食をさらに高めるような気がする。その場の雰囲気って大事だよね。
「なんで、緑なんだろ?桜がピンクなんだからピンクにすりゃ良いのに。」
冷静になって考えてみりゃ、ピンクに照明がなったら怪しい…いやヤラしい空間の完成だ。
やっぱり緑で良い。




これだけ賑やう中、少しずつ散っていく花びらは哀しさも演出していて綺麗だったな。

娘には色んな綺麗な景色を見せたい!って生まれた時に思って、それから色んなものを見せている。
そのせいなのか花は好きなようだ。
昨日の夜桜が少しでも彼女の心の中に残ってくれれば有難い。


桜の花は上には咲かない。下に咲く。
だから花見に最適として昔から桜の下で花見をしてきた。
下に咲く理由は簡単で、桜は花は弱い。
上に咲いたら雨や風で一撃で花は散る。

だから、下に咲いている。
下に咲く事で、たくさんの人に感動を与えてくれる。


散る時には寂しさを出す。哀しさを出す。
人々が楽しみしていて、散った後は来年への期待を出させる。そう考えるとすごい力だ!なんてね。


ピンク色に彩づく桜
満開な日が1日でも多く続くと良いな。

お久しぶりです。

あっという間に2019年3月。桃の花を飾り、ひな祭り。記念撮影しました。

あと20日で新元号発表。予想の中では、安という言葉が人気らしいですね。

 

そこで、俺も安を入れて予想してみる。

安泰。こんな元号昔にあったような?w

 

さて、2歳2ヶ月を迎えた長女はお喋りが上手になってきました。

何度か教えれば大抵のことは覚えてしまうので教えていて楽しい。

お医者さんごっこも最近はできるようになったんですよ。

 

土日は晴れていればなるべく家の周りを散歩しています。

娘と散歩しながら、土筆を探したり、蒲公英を探したり、飛行機を見たり、月を見たり、車を見たり、バイクを見たり、アリを見つけたり、てんとう虫を見つけたり、四方八方に目をやるといろんな物で溢れているんですね。自分が当たり前と思っているのが恥ずかしくなるぐらい娘はどれを見ても驚いたり、楽しんだり、声をかけたり、バイバイしたり…。

 

ありがとう。ごめんね。も覚えて使えるようになったり、親になって子供から教わることもたくさんありますね。

 

音楽はなかなか思い通りにはできないですが、アンパンマンの曲をアコギで弾かされることは多くなりました。ピアノが楽しい、シンセが楽しい。そんな言葉に少し喜びを覚えます。

 

 

さあ、次女は正念場の3月。彼女の力を信じています。

君は一人じゃない。きっと大丈夫!

長女のように次女ともいっぱい遊べる日が来るのが今から楽しみだ。

 

 

子どもたちの話ばかりだw

 

音楽、全くできてなかったけど少しずつできる日も出てきていたりする。

今年は少しでも多くの作品を作りたいと思っているけど、できるのだろうか。

 

仕事は、最近忙しくて、大変だし辛いし体が痛いけど、でもやり甲斐があって楽しいし少しずつ自分のレベルが上っていることを実感できることも多くて充実はしていると思う。

 

いろんなことを勉強するようになった。今になって勉強が好きになってきた。こんな事なら学生の頃にもっと勉強をしておけばよかったと思う最近。

いろんな事を知っている→話せる引き出しが増える→たくさんの人と交流を持てる→自分の知らない世界を更に知れる。こんな感じかな。

 

とにかく色々頑張るよ。

春がきた。花粉症は辛いけど、春を満喫したいと思います。