また一人この世からさよならをしました。
父方の祖母です。
ずっと認知症を患い、家庭での介護が大変になり、施設にお世話になっていましたが、腸閉塞で緊急入院・手術となってから1ヶ月。手術の負荷から体力的に回復できずに、管に繋がれ眠らされたままの1ヶ月の後でした。
腸閉塞で病院に運ばれるちょうど一週間前に、数時間だけ施設からの帰宅が叶い、リフォームを終えた綺麗な自宅でみんなでお寿司が食べられたという奇跡。
弟の結婚式の写真も、ひ孫も分からないけれど、みんなで再びあの時間を過ごせたことは素晴らしかったなって。
いつでもお姫様みたいに、お爺ちゃんがそばにいて、どこかへ出かけてはモデルのように写真を撮って貰い、できのいい息子が自慢で、短歌で新聞に載ったり、財テクをしたりプライド高く高貴な女性でした。
私はお婆ちゃんの、そういう見栄っ張りなとこ嫌いだったけど、そのために努力した父親がいたり、それに応えられずに苦しんだ叔母がいたり、お婆ちゃんを看取るまで死ねないと頑張っていたお爺ちゃんに、多大な影響を与えた人だったんだろうなと。
昔ながらの日本の女性。
世間様からどう映るか、
何を持って優秀か、学があるか。
それは全てお婆ちゃんのコンプレックスだったんだろうな。
そんな祖母を私の母は誰よりも近くで介護をしてきた。自分の母親は遠方なのに。台所や下着については、男があまり役に立てないという理由で。(おかしいと思うが)だから、実は一番労いたいのは母かもしれない。ありがとう。終わったね、と。
認知症という病気は、本人が死への準備ができない。何も分からないから。でもそれもまた幸せななことなのかもしれない。ただ、死までの期間が見えず、周りは大変。
人は生きたように死ぬ
という。
命を閉じる儀式を行う時、
残された人の胸に
"いのち"の意味を刻むことが
亡くなった人の最後の役割なんだろうな。
お婆ちゃん、よく生きたね。
生まれてくれてありがとう。私が祖母の死について、どこかまだ間接的なのは、私の未熟さと、本人との向き合い方の問題なんだろうな。
母が教えてくれました。
人の生き死にの経験の数だけ
人は成長できるんだって。