●無題(脱洗脳)
いつもこのブログをお読みいただき、ありがとうございます。
3才の弟が亡くなった瞬間、俺が俺ではなくなったことはそれ以前までの一切の記憶を消失したことと、古いアルバムの写真を交互に比較してみればすぐにわかる。
そう考えればここに、自分の内部表現を書き換える大きなポイントがあり、実はまだ書き換えられるべき残されたものがあった。
それは「視点」。
当時、母は毎日、泣いていたそうだ。
精神的にも不安になっている母を見て元気になって欲しかったが、6才だった俺は俺で、自分の悲しさを誰にも伝えることはできなかった。
その時期を生き残るために感覚を麻痺させ、言いたい本音や感情を徹底して抑え込むことで乗り切ろうとした。
客観的にその当時の自分を観てみるとこのような捉え方ができ、それで俺は納得してる。
ポイントは、外側から書き込まれた情報よりも実は、自分で自分に「強制的な態度」を刷り込んでいたことの方が遥かに多かったということ。
大きな書き換えが静かに進んでいて、解放感がある。
ここまでよく頑張った。お疲れさま!

