
●冒険野郎が感じる予感
冒険とは、なんだろう?
例えば、「アファメーション」の著者ルータイスは、本書でこう言っています。
「意図的に自分自身をコンフォートゾーンから外に出す行為は、「冒険」と呼ばれます」
そして、踏みとどまっている足を思い切って踏み出すことができれば、成長しようとする創造的な緊張とエネルギーが我々のシステムに生まれてくるとも言っています。
氣功聖体は、現状のコンフォートゾーンからゴール側のコンフォートゾーンへ移動していくとき、それを無理なく進めていく上で、とても有効な方法の一つと言えます。
例えば、ある人がこの冒険に出ようとするとき、何を思い、そしてその思いの向こうにはどんな予感があるのだろう。きっとそれは、、、
何か面白そうなことがありそうだ!
思いは人それぞれ様々だと思うのですが、少なくてもその根底にこのような「予感」を持っていると思います(逆にそうした予感を少しも感じないのなら、現状に踏みとどまるかも)。
身体が緩み、洗練されていくと、我々がもともと持っているゴール方向を感じ取る感覚や能力がかなり敏感になっていきます。
インスピレーション、直感、閃き、シンクロニシティのような「きっかけ」をキャッチできるようになる。
それは我々がまだ見えていない、けれども、それが重要なことだと認識している、ゴール側から飛び込んできている(与えられている)情報であり、冒険を目指す我々のラスというフィルターに引っかかった情報です。
重要ということはつまり、我々にとってのwant toであり、そしてそうであるならば、あとは思い切ってやってみるほか、選択肢はない(後悔しないという意味では)。
極端なことを言うと(そして不完全性定理を採用するとすれば)、最後はもう、一か八か(go for broke)、その方向へ向かって実際に飛んでいけるかどうかだと思います。
そう考えると、何か面白そうなことがありそうだという予感、または光が見える方向は、かなり力を持っていると言えます。
ところで、
ゴールを更新するというのは、無意識に大切にしてしまっている現状のゴール、ゲシュタルト(=自我、ブリーフ、信念、価値観)を一度、破壊することを意味しています。
自分には何もないという白紙の状態。
そういう風に「これまでの自分」を丸ごと捨てる。破壊して、一度真っ新な状態する。けれども、自分に本当に重要な情報だけはホメオスタシスの原理によって、また再び統合されていく。
そして、ゴールは何度も更新し続けていくので、そうした意味で、可能性は無限ということになります。変化だけが不変。
そういう風にして進んでいくことで、我々は成長を繰り返していくことで、自らのあり方、生き方、人生が変わっていくのだと思います。
「私が言う「自分が変わる」というのは、「まったく生まれ変わる」「人生が大転換する」というくらいの劇的な変化です」
「見える景色が、世界での立ち位置が、まったく変わるような大変化です。そしてそのような変身は可能なのです」
(「頭のゴミを捨てれば、脳は一瞬で目覚める!」苫米地英人著より引用)



