今日の労働判例

【グリーンキャブ元乗務員ほか事件】(横浜地判R3.2.4労判1300.75)

 

 この事案は、タクシー会社従業員X1が、上司Yからハラスメントを受けたとして損害賠償などを求めた事案です。特に、上司Yは、X1の主張内容や、これに協力してYにとって不利益となる陳述書を提出したX2・X3が、Yの名誉を棄損するなどとして、損害賠償を求める反訴を提起しただけでなく、会社がY1と和解して、その部分の訴訟が終結したにもかかわらず、Yは、和解せず(したがって、自身に対するハラスメント請求の成否を争い続けることになります)、X1~X3に対する反訴の請求も維持されました。

 裁判所は、X1の請求、Yの請求、いずれも否定しました。

 

1.パワハラ(X1の請求)

 ここでは、X1の主張を裏付ける事実・証拠の有無が、主な争点となりました。すなわち、YがX1に対して行った(とX1が主張する)ハラスメント行為・言動について、X1の主張をYが真っ向から否定しており、それが証明されたかどうかが主要な論点となったのです。ちなみにここでX1が主張するYの発言は以下のとおりです。

・ 介護なんて嘘だろうと皆言ってるぞ。

・ うちはねぇ、親の介護で3人のドライバーが辞めたんだよ。X1君もそろそろ道を選んだ方がいいんじゃないか。3月までに指針を出してくださいよ。

・ X1は遊んでいるから。

・ 大きい組合から小さい組合に移ったんだから、叩かれても仕方ない。

・ 小さい組合は会社に非協力的、そっちに移ったんだから、自分のことは自分で守らないと。

・ うつ病のやつはいつも都合のいいことばかり言う。

・ うつ病は、基本、復帰できない。

・ 復帰させない。

・ 就業3年以内の奴は4か月で退職だからな。本来なら2週間前に言えばいいんだけど、今言ったからな。

・ X1は会社、乗務員の誹謗中傷をしている。

・ 乗務員にお金貸してと言いまくっている。

 これらの発言がハラスメントに該当するかどうか、という点は、結局判断されませんでした。裁判所は、これらがいずれも存在しない、と認定したのです。

 すなわち、X1の主張の大きな根拠となるのは、X1本人が残したメモです。これは、X1がYのハラスメントを記録するために作成していたものであり、ハラスメントがあったその日に記録を残していた、とX1は主張しています。

 しかし裁判所は、このメモの記載内容に矛盾がいくつかあること、ハラスメントをその日のうちに記録するものであれば、このような矛盾はありえないから、メモ自体、信用できないこと、を理由にX1の主張を否定しました。

 言動の必要性・相当性の問題ではなく、言動そのものの存在が否定された点、そのために証拠がどのように評価されるのか、参考になる点です。

 さらに、X1が休職から復職するかどうかが問題になった際に、復職可能としたX1の主治医の診断書を受け取らず、かえってこの主治医に対して、タクシードライバーとしての隔日勤務(一日近く運転業務を行い、丸一日休みとなる勤務形態のことと思われます)が可能かどうか、という点からの復職可能性の判断を求めたが、この主治医は回答を拒否した、という経緯が認定され、このような対応はハラスメントに該当しない、と判断しました。

 この点は、ハラスメントの問題という面だけでなく、特に復職の際に、どのような観点から復職可能性を判断すべきなのか、を考えるうえで参考になります。

 

2.名誉棄損(Yの請求)

 反対に、喧嘩両成敗、というわけではないでしょうが、この訴訟の場でYによるハラスメントがあったとするX1の主張や、それを裏付けるようなYの言動を見た、などとするX2・X3の陳述書の記載が、Yの名誉棄損になる、というYの主張を、裁判所は否定しました。ここで特に注目される点は、X1の主張の違法性と、X2・X3の記載の違法性を判断する判断枠組みと、それによる判断内容です。

 

① X1

 裁判所は、判断枠組みとして、訴訟上の主張が、「相手方等の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが直ちに名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、当該訴訟行為が訴訟手続きの趣旨、目的に照らして、およそ必要性が認められないとか、手段、方法の点で著しく不当であるなど、それを行うことが権利の濫用に当たるような特段の事情のない限り、違法性が阻却されると解するのが相当である。」としました。あえて言えば、必要性・相当性で判断する、という方針を示したと言えるでしょう。

 そのうえで、訴訟遂行上、必要性・相当性があること、(上記のように、X1の主張は認められないけれども、だからと言って)X1の主張は虚偽とは言えないこと、を認定し、X1に対するYの主張を否定しました。

 

② X2・X3

 裁判所は、判断枠組みとして、「作成者が陳述書記載の当該事実の内容が虚偽であることを認識しつつ、あえてこれを記載して行った場合に限り、違法性を帯びるというべきである。」としました。すなわち、内容が虚偽であることと、これをあえて記載したことの2つが条件になる、という判断枠組みが示されました。

 そのうえで、それぞれの陳述書の内容について、虚偽といえない、あるいはあえて記載したのではない、と認定し、X2・X3に対するYの主張を否定しました。

 

 このように、X1とX2・X3について、異なる違法性の判断枠組みが示されており、訴訟上の言動がどのような場合に違法となるのかを検討する際の参考になります。

 

3.実務上のポイント

 意外と、論点豊富な裁判例です。

 すなわち、労務管理上の問題として、ハラスメントの成否、休職者の復職の際の対応、訴訟上の問題として、名誉棄損(不当な訴訟遂行)の成否、です。

 いずれも、判断枠組みや事実認定、評価について、参考になる判断です。