今日の労働判例

【ゆうちょ銀行事件】(東京地判R4.4.28労判1298.70)

 

 この事案は、定年後再雇用されている従業員Xが、会社Yに対し、人事評価が低いとして、(Xが考える)あるべき給与との差額の支給を求めた事案です。裁判所は、Xの請求を全て否定しました。

 

1.裁量権の根拠・範囲

 Xの請求は、Yによる人事権の行使である人事評価が、その裁量権の範囲を逸脱した濫用であるかどうかによって、成否やその内容が決まります。ここでは、Yの裁量権の根拠や範囲がどのように認定されたのか、という観点から整理してみましょう。

 

① 評価基準の設定

 例えば、「応援」の項目について三段階評価のA(最上)と評価する基準として、これをBと評価した上司は、応援を求められたときに応援するだけでは足りず、周りで困っている社員を自ら発見して声をかけて応援することまで必要、という基準で評価したが、裁判所はこの基準設定について、合理性を認めています。「応援」の解釈の権限がBに与えられていたこととなります。

 また、「創意・工夫・提言」の項目については、「受持ち郵便局」の業績向上に資することが必要、という基準設定と、それに基づく判断の合理性を認めました。

 

② 事実の評価

 例えば、この「創意・工夫・提言」について、Xがシステム開発にも関わった経験を生かしたもののようですが、いくつかのビジネスツールを開発し、自身だけでなく一部の同僚もそれを利用していましたが、それは自分の所属する部署での話であり、「受持ち郵便局」に役立っていたわけではない、という評価をしています。

 また、「業務知識」について、定年退職後に担当することとなったコンサルティング業務に関し、Xは、パソコンツールの提案などを理由に、「高度な業務知識」(Aとなる基準)を満たすと主張しましたが、裁判所はモニタリング業務に関する「高度な業務知識」が無かった、5年目で初めてAとなったのは、経験を経ることで知識の水準がより高度になったと考えられる、などとして評価の合理性を認めました。

 

③ 評価プロセス

 例えば、評価者の一人が、会社の定めた方法(日頃からのチェックシートへの記入)ではない、独自の方法(手帳への記入)によって評価した点について、裁判所は合理性を認めました。

 また、Xの問題行為に対するフィードバックについて、Xは、納得できる理由による注意指導を受けていないから不合理であると主張しましたが、裁判所は、納得することが必要ではない、という趣旨の判断を示しています。

 また、「応援」が認められない具体的理由の説明がないから不合理であると主張しましたが、裁判所は、具体的理由の説明の必要性を否定しました。

 

 このように、人事評価の際の裁量権の逸脱・濫用は、様々な観点から評価されますが、逆に言うと、裁量権の範囲は、このように多様な方向に広がりがあるのです。

 

2.実務上のポイント

 Xの不満に、一つ一つ判断を示しているようですが、そのことで、上記のように裁量権の範囲がかなり具体的に見えてきました。人事考課の裁量権の範囲は、事案ごとの個別判断になるため、どうしても手探りの状況になってしまいますが、本判決は、具体例として参考になります。