今日の労働判例

【学校法人早稲田大学(公募)事件】(東京地判R4.5.12労判1298.61)

 

 この事案は、専任講師Xが、大学Yの大学院専任教員の公募に応募したところ書類審査の段階で不合格となった事案です。XはYに対し、評価に関する情報開示・説明を求めたが、Yがこれに応じないことが違法である、団体交渉に応じないことが違法である、と主張しました(損害賠償を請求しました)が、裁判所はXの主張を否定しました。

 

1.裁判所の判断理由

 Xの請求は、いくつかの理論構成によるものですが、裁判所はいずれの理論構成も否定しています。

 1つ目は、労働契約締結過程における信義則です。

 すなわち、契約締結過程にあるから、情報開示・説明義務がある、と主張したのですが、裁判所は、契約交渉開始以前の段階の書類選考によって不合格となった、としてXの主張を否定しました。

 交渉段階かどうか、という形式的な理由付けですが、信義則上の義務を負うほどの深い関係になっていない、ということを、契約交渉段階かどうか、という基準で示したものと評価できるでしょう。

 「契約締結上の過失」の理論が適用される条件に関し、参考となる裁判例です。

 2つ目は、職安法5条の4に基づく開示義務です。

 すなわち、労働者の募集に関する情報収集などに関するルールとして、開示義務を負う、という趣旨の主張に関し、裁判所は、法律上、休職者への情報開示に関する規定がない、という形式的な理由でこの主張を否定しています。

 職安法に関し、あまり議論されていなかったように思われる論点であり、参考になります。

 3つ目は、個人情報保護法28条(現在は33条)2項に基づく情報開示請求です。

 裁判所は、Xの求める情報のいくつかは、そもそもこの規定の対象外であり、対象に含まれる場合でも、情報開示はYの採用の自由を害する(自由な議論を委縮させる)から、同2号(開示拒否事由)に該当する、としました。

 個人情報の開示のルールは、ネットでの情報管理などの問題もあり、今後議論がより進化していく領域と思われますので、参考になります。

 また、団体交渉については、これらの情報開示・説明義務がないことを理由に、団体交渉の対象ではない、と判断しています。

 労働者個人に対する会社の何らかの義務と、団体交渉での交渉義務は、一致しない場合もあるようですが、ここではこれが一致しています。

 

2.実務上のポイント

 試験の不合格理由について、納得しない不合格者が、その開示・説明を求めることは、様々な試験で考えられるところですが、試験運営側の事情も考慮したルールが必要であり、本判決はその際の参考になるでしょう。

 

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!