※ 司法試験考査委員(労働法)

 

 

 

今日の労働判例

【名古屋自動車学校(再雇用)事件】(最一小判R5.7.20労判1292.5)

 

 この事案は、定年後再雇用された従業員Xら2名が、その処遇が低く、正社員との不合理な差別であるとして、会社Yに対し同一の処遇や損害賠償を求めた事案で、1審2審はその一部を認めました。特に基本給と賞与に関し、1審2審は、60%を下回る範囲を違法とした点が注目されます。

 これに対して最高裁は、基本給と賞与に関して、違法とした判断を破棄して2審に差戻し、審理し直すことを命じました。

 

1.旧労契法20条

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲③その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 一般に、①「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」のことを、「職務の内容」と略称し、②「当該業務の内容及び配置の変更の範囲」のことを、「変更の範囲」と略称し、これに③「その他の事情」を合わせた全体のことを、④「職務の内容等」と略称します(④=①+②+③)。

 

2.1審2審の判断構造

 1審2審は、①と②が同じであり、③だけで合理性を判断するところ、合理性を認める事情が足りない、という判断をしているようです。すなわち、定年後再雇用された従業員も、定年前の正社員も、①同じ仕事をし、②配置転換の可能性なども同じ(両方とも、配置転換が予定されていない)であり、他方、③高年齢雇用継続給付金と老齢厚生年金が受給可能であるとしても、賃金センサス上の平均賃金を下回るような金額は、生活保障の観点から低すぎる、という趣旨の判断が示されています。

 ①と②が同じ場合のルールは、実は、旧労契法20条廃止に伴って新設されたパート法の8条・9条のうちの9条に規定されたルールと同様であり、旧労契法20条と同じ構造の同8条(上記のように①~③を比較する構造)よりも、合理性の判断が厳しくなります。すなわち、同8条では「不合理と認められる相違を設けてはならない」と規定されているのに対し、同9条では「差別的取り扱いをしてはならない」と規定されているのです。

 このことから、1審2審は同9条の適用について明言していないものの、これを意識して判断したようにも見えるのです。

 

3.最高裁の判断内容

 これに対して最高裁判決は、①~③の違いを重視していません。

 その代わりに重視しているのは、基本給や賞与の性質・(支給する)目的と、労使交渉の(結論だけでなく)具体的な経緯です。

 すなわち、特に基本給について詳しく説明していますが、❶勤続年数に応じて額が定められる勤続給、❷職務の内容に応じて額が定められる職務給、❸(役付手当等と同様の)功績給、❹職務遂行能力に応じて額が定められる職能給、の性格を有する可能性がある、と指摘し、これらの性質が確定しないと目的も確定しないし、定年後再雇用の場合には、正社員の場合と、これらの性質や目的が異なる、と判断しました。そのうえで、1審2審は❶しか考慮していない、とその問題点を指摘しました。

 さらに、労使交渉の具体的な経緯も考慮することを、明示しています。

 けれども、❶だけでなく、❶~❹の要素も考慮して検討する場合、具体的にどのような方法で検討されるのかは明らかでありません。

例えば①②を、1審2審は同じ、と評価していますが、❶~❹の要素を考慮することで、職務の内容(①)や変更の範囲(②)が異なっている、というように判断構造自体が変わってくるのでしょうか。もしそうであれば、パート法に置き換えると、9条ではなく8条と同様に判断されることになるでしょう。

あるいは、①②が同じで③だけの問題、という判断構造は変わらないが、合理的かどうか、という評価の際に❶~❹の要素が考慮され、合理性が認められやすくなる、ということでしょうか。もしそうであれば、パート法に置き換えると、9条と同様の構造の下で判断されることになるでしょう。

 

4.実務上のポイント

 特に賞与に関し、「大阪医科薬科大学(旧大阪医科大学)事件」(最三小判R2.10.13労判1229.77、労働判例読本2021年版40頁)と、「メトロコマース事件」(最三小判R2.10.13労判1229.90、、労働判例読本2021年版47頁)は、賞与制度・退職金制度を詳細に分析し、「正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとした」制度である、と評価しました。正社員の確保・定着目的を認定したのです。

 そのうえで、①~③が同一かどうかについても、それぞれ詳細に検討して、いずれも同一ではない、としたうえで、最終的に合理性も認めました。

 本判決は、大阪医科薬科大学事件やメトロコマース事件に言及していませんが、これらの判決が示したような方法で判断することを期待しているように思われます。もしそうであれば、基本給や賞与に関し、定年退職前の正社員と、定年退職後の再雇用の従業員について、制度設計上Yが考慮した事情を、より広く考慮することになるでしょうから、合理性が認められる可能性が高くなるように思われます。

 基本給や賞与は、他の手当と異なり、会社の人事政策がより直接的に反映される制度であり、人事制度のフレームとなる部分ですから、より慎重に合理性を検証する必要があります。本判決は、大阪医科薬科大学事件やメトロコマース事件と平仄を揃え、かつ、合理性をより慎重に検証する方向を示すものと思われますので、これによって、議論が整理され、判断の方向性が明確になっていくことが期待されます。

 

 

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

 

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!