※ 司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例

【フジ住宅ほか事件】(大阪高判R3.11.18労判1281.58)

 

 この事案は、民族意識の強い経営者が、特定の国に関わりのある在日の人たちの批判や論評を社員に配布しており、さらに、そのような会社Yの状況を受け入れられない在日の従業員XがYを訴えたところ、Xの氏名を伏せたままであるものの、「クズ」「盗人」「恥知らず」等と評して非難する文書を社内に配布しました。

 1審に続き2審も、Yの責任を広く認めました。

 

1.判断の困難さ

 本事案は、社会問題として非常にデリケートであるだけでなく、法律問題としても、Yの表現の自由や経営の自由、Xの人格権や名誉、社会的な差別の禁止など、重要で繊細な人権の調整が問題となる難しい問題であり、判決も詳細で難しい内容となりました。

 その中で、特に注目される1つ目のポイントが、Xに対する人格非難が違法とされ、不法行為が成立するとされた点です。

 上記のように、かなり暴力的で酷い表現が頒布されたわけですが、Xの名前を伏せていたとしても、それによってYの責任が免れませんでした。特にSNS等で、無責任な言動が目につくようになりましたが、もちろんSNS等と場面が違うものの、相手の名前を伏せればそれで責任を免れる、などと言う安直なものではないことが、1つのポイントです。

 

2.実務上のポイント

 さらに、Yの職場環境に対する責任も、注目されるポイントです。

 すなわち、現実にXの健康が害されるかどうか、という視点ではなく、差別的な意識がYの中に広まる可能性が高まってしまうかどうか、という比較的抽象的なレベルでYの責任を認めたのです。見方によっては、訴訟を提起して会社と戦うほどの、強いXであれば、精神的な障害を被ったとは評価できない、となり得るところですが、実際にそのような障害を被ったかどうか、というレベルではなく、そのような危険のある状況になったかどうか、というレベルで判断された、と言えるでしょう。

 上記のとおり、違法かどうかの判断はとても難しく、簡単にそのルールを決めつけることはできません。

 しかし、予防的な観点からトラブルを回避することが重要であり、そうすると相手の名前を伏せればいい、という安直なものではなく、また、人種差別などを助長する「可能性」があるかどうか、という低いレベルで表現の良し悪しを考えるべきであることがわかります。

 同じ価値観の従業員だけで会社を作る、という発想がYの経営者にあったのかもしれませんが、多様性を受け入れていく発想こそ経営者に求められる、という時代を示しているのかもしれません。

 

 

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!