※ 司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例

【学校法人茶屋四郎次郎記念学園事件(東京福祉大学・授業担当)】(東京地判R4.4.7労判1275.72)

 

 本事案は、大学教員Xが、大学Yとの訴訟などを通して合意した内容に反し、授業を担当させなかったことや、そのことをハラスメントの問題として対応するように求めたのに適切に対応しなかったことによって損害を被った、としてYに対し損害賠償を請求したものです。

 裁判所は、授業を担当させなかった点と、ハラスメントへの対応のうち検討結果の連絡が遅れた(8か月)点について、Yの責任を認めました。

 

1.授業の担当

 裁判所は、授業を担当させるべき義務に関し、最初に、原則的には、授業を担当させる義務はないが、授業を担当することが学問研究を深化・発展させる場合には、教員の権利としての側面があるから、例外的に授業を担当させる義務が生じうる、という趣旨の判断を示しました。

 そのうえで、XとYの合意内容の検討を行いました。

 すなわち、XとYは、裁判上の和解などのなかで、週4回以上の講義を担当することやその決め方などについてかなり詳細に合意している点を認定したうえで、「当事者の合理的意思解釈として」授業を担当させる義務がある、と結論付けました。

 「権利としての側面」という表現から、大学教員は当然に授業を担当する権利がある、と評価する余地もありますが、授業を担当すべき合意の存在を詳細に検証している点から、具体的な請求権と言えるためには、このような明確な合意などの事情が必要である、と評価すべきでしょう。本事案ではかなり具体的に合意されていたため、具体的な請求権として認定することに特に問題は無さそうですが、本事案よりも曖昧な約束しかされていない場合にどのように判断されるのか、今後の動向が注目されます。

 

2.内部通報

 YによるXの通報への対応について、担当部会が、訴訟進行中であることや紛争の内容が法的に判断されるべきものであることなどを理由に、部会の審理対象ではない判断しました。Xの通報について、当該部会は審理・判断をしない、という結論を出したのですが、裁判所はこの点について、当該部会の判断に問題ないと評価しました。

 実際に、訴訟などで別に争われている問題であり、Xが権利主張する機会が現実に存在していましたから、この結論も特に問題は無さそうですが、法的な手続きで争われるのに適さず、社内の内部通報手続以外に従業員の問題提起や意見表明の機会が無いような場合など、本事案よりも審理・判断をしない理由が明確でないような場合にどうなるのか、今後の動向が注目されます。

 また、当該部会の判断した結果(審理・判断をしない、という結論)のXへの通知が、結果が出てから8か月後だった点について、裁判所は、会社のハラスメント対応の在り方について、以下のように述べており、注目されます。

 すなわち、会社が負う「良好な環境の維持確保に配慮すべき義務」として、「ハラスメントなど従業員の職場環境を侵害する事案が発生した場合、事実関係を調査し、事案に誠実かつ適正に対処し、適切な時期に申告者に報告する義務を負っている」という一般的なルールを示したのです。フィードバックする義務を正面から認めたのです。

 けれども本事案では、8か月も報告されなかった、という事情がある一方で、この遅延による損害は5万円(+弁護士費用1万円)と、かなり小さく認定されていることから、フィードバックする義務違反がどのような場合に認められるのか、賠償金額はどの程度なのか、等について、今後の動向が注目されます。

 

3.実務上のポイント

 仕事をさせる義務に関しては、いわゆる「窓際族」「追込み部屋」のように、仕事を干して自主退職に追い込む行為の違法性は、従前から認められています。この場合も、仕事をさせる義務の違反、という面が含まれると言えそうです。

 他方、単に仕事をさせない、という意味での債務履行の受領拒否、という面を超え、従業員に対する積極的な侵害行為としての面もあり、簡単に両者を同列で論じることはできません。

 それでも敢えて両者の違いを整理してみると、大学教員に講義を担当させないような事案では、講義を担当するという権利の内容が、一般の従業員の仕事を干す事案に比較すると、より具体的(例えば担当課目が限定されるなど)であると整理できそうです。さらに、これと関連しそうですが、一般の従業員の場合の方が、会社の人事権行使に際し、一般的に裁量の範囲が広く、したがって違法性を認定するためには、会社側の積極的な悪意などが必要になる、と評価することもできそうです。

 このように見ると、仕事をさせる義務は、会社が有する人事権の裁量の範囲とも連動する、と整理できそうです。すなわち、大学教員の場合には、大学側の裁量の範囲が狭く、仕事をさせる義務が認められやすいが、一般の従業員の場合には、会社側の裁量の範囲が広く、仕事をさせる義務が認められにくい、と関連付けられるように思われます。

 もちろん、このような整理から何か直ちに問題が解決されるわけではありませんが、このような見方もある、として参考にしてください。

 

 

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!