※ 司法試験考査委員(労働法)

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今日の労働判例

【竹中工務店ほか2社事件】(大阪地判R4.3.30労判1274.5)

 

 この事案は、二重業務委託・請負に基づいて竹中工務店Y1で働いていたXが、Y1と、Y1の業務委託先だったY2に対して、直接雇用関係の存在などを主張した事案です。悪質な偽装派遣の場合には、派遣法40条の6により直接雇用関係が成立し得ますが、裁判所は、偽装派遣を認定したものの、同条の適用を否定し、直接雇用関係の成立を否定しました。

 

1.偽装派遣の認定

 ここで裁判所は、Y1が業務遂行の内容を「指示」していたことと、報酬が「時間単価」で定まり、交通費も支給されていたことの2点から、偽装派遣と認定しました。いわば、この「指示」「時間単価」が、偽装派遣かどうかの判断枠組みと位置付けられるでしょう。

 もちろん、特に「指示」の認定については、かなり詳細な事実認定を踏まえて行われており、実際、Y1の管理職者が直接Xに業務上の指示を与えていた(Y2担当者同席とは言え)事実が認定されていますから、Y2による業務管理がより徹底している場合に、簡単に「指示」が認定されるわけではないでしょう。

 けれども、「請負」契約のあるべき状況(請負人が自ら業務管理を行い、自らの責任で仕事を完成させる、という状況)を引き合いに、これら2点を重視する裁判所の理論構成は、偽装派遣成否の判断に際し参考になります。

 

2.派遣法40条の6

 派遣法40条の6には、悪質な偽装派遣の場合に直接の雇用関係が発生し得る、というルールが定められています。

 けれども、このルールは、労働法の一般的なルールから見ると異質です。

 たしかに、形式と実態がズレており、建前と本音が異なる場合、労働法の分野では、形式よりも実態に合致したルールが適用されることが多くあります。例えば、サービス残業(形式上は残業していないのに、実態は残業している場合)、名ばかり店長(形式上は管理職者として残業代が支払われないのに、実態は管理職者と言えない場合)、退職部屋(形式上は業務内容の変更や配置転換にすぎないのに、実態は自主退職を促すために仕事を干している場合)、などでは、いずれもその実態に即したルールが適用されるのです。

 そして、偽装派遣の場合も、形式は業務委託や請負(つまり、事業者対事業者の関係)なのに、実態は派遣(つまり、上司対部下の関係)であることから、形式と実態がズレています。

 しかしここからが問題なのですが、派遣法40条の6は、直接雇用関係の成立可能性を認めていますので、実態に即した関係どころか、実態を超える関係を作り出してしまいます。技術的には、偽装派遣関係があり、その偽装派遣関係を作り出そうという「目的」があれば、同条の1項5号に該当しますから、その本文の規定により、会社が直接雇用の申込みをしたとみなされますので、労働者が、これに対して承諾をすれば、すなわち会社に対して直接雇用関係になることを通知・宣言すれば、直接雇用関係が発生します。

 実態が派遣であるのに、法律上、直接雇用関係が成立しますので、逆に新たなズレが生じてしまう、と言えるでしょう。

 この意味で、実態に即したルールを適用する、という労働法の一般的なルールから見ると、実態に合致しない、実態以上のルールを適用する、という意味で異質なのです。

 そうすると、派遣法40条の6が適用されるべき範囲も、簡単に広げるわけにはいきません。労働者救済の場面で、広く偽装派遣を認めるような裁判例もありましたし、派遣法40条の6についてもそれと同様に、比較的緩やかにその適用を認めたと評価できそうな裁判例もありますが、例えば『国・大阪医療刑務所(日東カストディアル・サービス)事件』(大阪地判R4.6.30労判1272.5)では、①偽装派遣の「目的」について、単に知っている、というだけでなく、違法と知りながら敢えて行う、ということが必要であるとしたうえでさらに、②「目的」が存在すべき時期について、後から気づいて①のように思っただけでは足りず、労働者を受け入れる時点で「目的」が必要、と判断し、同条の適用可能性を大幅に制限しました。

 この判決も同様に、派遣法40条の6の適用を制限する方向性があるように思われます。

 すなわち、この裁判所は、Y1に対する二重偽装派遣と、Y2に対する偽装派遣について、同条の適用を否定しました。

 まず、Y2との関係です。

 ここで裁判所は、上記刑務所事件の裁判例と同様、「目的」を厳格に解釈し、単に偽装派遣状態を知っているだけでは足りず、派遣法の脱法目的が必要としたうえで、Y2はY1にXを派遣するための準備をしていたにすぎず、派遣法の脱法目的がないと認定し、適用を否定しました。

 次に、Y1との関係です。

 ここで裁判所は、(派遣法40条の6が想定する派遣元はY2のはずだが)Y2とXの間に雇用関係がなく、同条の想定する関係にないことを理由に、適用を否定しました。特に注目されるのはその理由です。すなわち、同条は「民事的制裁」なのだから、同条の「準用ないし類推」はできない、と裁判所が述べている点です。実態を超えた結果となってしまうので、適用範囲を広げられない、ということを説明するために、❶民事的制裁である→❷(明言していないが)刑罰規定と同様、準用・類推などの拡張適用はできない→❸同条が規定していない二重偽装派遣の場合にまで拡張適用できない、という理論が示されたのです。

 見方によっては、規制を潜脱する方法として、単純な偽装派遣よりもより技巧的でより悪質ともいえる二重偽装派遣について、派遣法40条の6の適用を否定したのですから、ここでも裁判所が同条の適用に慎重であることが見えるのです。

 

3.実務上のポイント

 (二重)偽装派遣の可能性に気づいたYらは、XをY3(Xを雇用し、Y2→Y1での仕事を与えていた会社)からの派遣に切り替えることなどを提案しましたが、Xはこれを受け入れず、合意退職となりました。また、XがY1で働いていた期間も2ヶ月ほどでしかないうえに、Xが積極的にY1の管理者に指示を仰ぐなど、二重偽装派遣の状態を作り出すことに関わっていた面があり、「違法状態を是正し健全な労働関係を形成する方向で働きかけを行うというより、違法な事実を作出し探索せんとするような態度」だったと評価されています。

 そして、このような事情から、Xの合意退職は有効であり、Yらに不法行為責任はない、と判断されています。

 Xの請求がいずれも否定された、という結論(派遣法40条の6の適用を免れ、合意退職無効を免れ、損害賠償責任を免れた)だけ見ると、Yらとしては、一安心とも言えるでしょう。

 けれども、会社経営や労務管理の観点から見た場合には、このような法的な結論以外の問題も重要です。

 すなわち、XがYらを攻撃する意図があったのかどうかまでは分かりませんが、Yらが派遣法違反の可能性の高い状況にあったことと、その点が本事案で強く非難され、Yらの派遣法違反を裁判所が明確に指摘してしまったことは、実務上非常に注意すべきポイントです。派遣法40条の6の適用が結果的に否定されたとしても、派遣法に違反していた事実が裁判所に認定されてしまったのですから、Yらは違法な経営をしていた、と評価されたに等しいからです。

 同条の適用範囲は今後も議論されていくでしょうが、直接雇用が成立するかどうか、という同条の問題だけでなく、そもそも偽装派遣と言われないような配慮、労働法に関する「コンプライアンス」について、真摯に受け止めなければならない、という教訓になる裁判例です。

 

 

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!