※ 司法試験考査委員(労働法)

※ YouTubeで3分解説!

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今日の労働判例

【国・豊橋労基署長(丸裕)事件】(名古屋地判R4.2.7労判1272.34)

 

 この事案は、同僚Bから業務中に暴行を受けて傷害を負った従業員Xが、労基署Yに対して労災を申請した事案です。Yは労災を認定しませんでしたが、裁判所は労災を認定しました。

 

1.判断の分かれ目

 ここで労基署Yと裁判所の判断が逆になった分かれ目は、同僚Bによる暴行の原因です。

 すなわち、傷害が労災に該当するためには、業務が原因となったこと(業務起因性があること)が必要です。このうち、業務中とはいえ、他者(本事案ではB)の故意による暴行による傷害の場合には、「私的怨恨」「自招行為」などのように「明らかに業務に起因しない」場合、業務起因性が否定されます。この基準は、労災認定に関する労働基準局内部の通達ですが、多くの裁判例で合理性が認められたものであり、本事案の裁判所もこの基準を採用しています。

 そしてYは、Bの証言を特に重視し、BのXに対する「私的怨恨」や、Xによる「限度を超えた挑発的・侮辱的言動により発生した(自招行為)」、として業務起因性を否定しました。

 これに対して裁判所は、Bの言動が、このような「私的怨恨」「自招行為」ではない、と評価しました。

 まず、Yの主張(≒労基の認定)は、XがBに対し、①普段から侮辱的な発言を繰り返し、仕事を教えてこなかった、②休憩を取らせなかった、③フライパンや洗濯機のラックをぶつけた、という積み重ねによって鬱積していたBが、④「はぁ 前教えたよね そんなことも分からないの」と馬鹿にしたような発言をしたために、Bが暴行に及んだ、というものです。

 しかし裁判所は、❶他の従業員の数少ない証言が信用できない(推測に過ぎないもの、時期態様が定かでなく変遷しているもの)、❷Bの証言が信用できない(従業員当時には、Xへの不満を他の従業員や医師に対して述べておらず、退社後半年経過してから述べ始めた、エピソードの時期が曖昧で一定しない)、❸①~④は、Xの言動として不自然である(理由もなく暴行する、挙句の果てに自分が被害者と主張する)、❹特に、④のBの供述が一貫しない、と認定しました。

 結局、Bの暴行の引き金になった④について、Yの主張(≒労基の認定)は、Xによる度重なる言動によってBが鬱積していた点が原因としているのに対し、裁判所は、そのようなストーリーがない、と認定しました。

 ではなぜBが暴行に及んだのか、という点については、④‘「前教えましたよね。」「昨日も盛り付けしてましたよね。」と述べたことがきっかけと認定するだけで、それがBにどのような影響を与え、Bが何を考えて暴行に及んだのかについては、判断を示していません。

 もし、「Bによる突発的な暴行」まで証明しなければならないのであれば、このようなBの動機なども認定するべきところでしょう。けれども、Bの動機などが認定されていないのは、上記判断枠組みが関係しているようです。

 すなわち、【原則ルール】:同僚による暴行があれば業務起因性が肯定される、【例外ルール】:故意による暴行で、「私的怨恨」「自招行為」などのように「明らかに業務に起因しない」場合、業務起因性が否定される、というルールのうち、例外ルールが適用されないことだけ認定すれば足りる、すなわち、Xの度重なる言動によるBが鬱積していた、という事実さえ認定されなければ、原則ルールが適用される、ということになるからです。

 

2.実務上のポイント

 上記の整理と異なり、①~④を否定することで、Bの言動の予測不可能性を認定したのだから、④‘はBの突発的な暴行と評価している、と見ることもできるでしょう。Bの暴行の理由は、メンタルの治療も受けていたBの状況なども合わせて考慮すれば、いわゆる「カッとなって」暴行した、というものである、という評価です。

 たしかに、裁判所の認定した事実を詳細に見ると、このような事情を背景に、①~④を否定したように思われます。

 しかし、Bの暴行の原因を正面から問題にし、認定するとなると、❶~❹だけでもかなり不確実な認定をしているのに、さらに曖昧で難しい判断を示さなければならなくなります。かえって論点を増やすことにもなりますから、そのようなことを避けるために、Bが暴行した理由について、敢えて判断をしていないのではないか、と思います。

 とは言うものの、実際にトラブル対応する場合には、なぜBが暴行したのか、という理由について相当程度説明できるような調査やヒアリングが必要となります。結果的に裁判所は判断を避けたような表現にとどまっていますが、裁判所なりのストーリーが背景にあることが、判決全体からうかがえるからです。

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!