高FODMAP食品を避けた食生活を
実施してきて、かれこれ1ヶ月半。
肌に透明感が出てきた以外は
お腹の変化はないのですが、
今週、検査結果が出るので、
今後の治療法が決まりそうです。
で、大好きな
キャラメルマキアート断ちをしていましたが、
今回久しぶりに飲んだね。
おいしかった・・・ですが、やめてから
身体が求めなくなりました。
不思議なものです。
さて、本日の記事です。
この場所に住んで早11年。
徒歩での移動ばかりとなりました。
車はどこかに行くときだけ。
最近バイクは乗らなくなりました。
車の運転をすると、
バイクが邪魔に感じます。
フラフラ運転するスクーターがいたり、
突然、ガッ!って前に割り込んでくる
バイクもいたり・・・
ホント、バイクって危ないなと思ったり、
怖い思いを何度もしました。
ところが、自分がバイクに乗りますと、
車が邪魔で邪魔で・・・笑
危ないったらありゃしない。
渋滞時にはわざと
バイクが脇を通れないように、
右によってくる車がいたり、
または、バイクの脇を通り過ぎるときに
スピード出したままギリギリのところを
通り過ぎたりして、
本当に怖い思いをしました。
歩道を歩いている時は、
携帯見ながら歩いている人がいると
ぶつかりそうになりますし、
3人以上横並びでタラタラ歩いていますと、
追い越そうと思っても追い越せずで、
ちょっとイラっとしたり。
結局、車もバイクも、自転車も、
徒歩もみんな自分以外の人は、
邪魔を感じることがあります。
つまり、みんな自己中な見方です。
自分の立ち位置から物事を見ています。
すべてを経験すると、
それぞれの視点からものを
見ることができますが、
しかしそれでも私たちは、人生においては
すべてを経験することはできません。
大抵の場合、自分の価値観は、
自分の経験と自分の周りの人の経験をみて、
わかった気になっているかもしれませんが、
世界的に見たら、小さな取り巻きから
自分の価値観を作っています。
そして、真実は見えないことも多く、
私達はほとんどのケースで知らないのです。
そして、その自分の価値観で、
他の人のことを間違っているとか、
ひどい、とかジャッジしていることさえ
気付いていないのです。
相手の立場になったことがない限り、
何とも言えないんですよね。
そして、例えその人と似たような
立場になったとしても、育った環境も違えば、
性格も違うし、思考経路も違う。
なので、どんなにがんばっても、
100%理解することは不可能。
どんなに人生経験が長い人がいたとしても、
世界人口70億人いたら、70億通りの
感じ方があるわけで、しかも
それがその人に合うとも限らない。
「あの人はいいわよね~」と
表面的に見えることで
うらやましく思ったとしても、
その影でやっている努力も苦労も
見えないわけで、私たちは勝手に
自分の世界観で人を見て、
ジャッジしているものです。
今日の記事でいいたいことは、
別に100%誰かと同じ経験しなくても、
別に車とバイクと自転車と徒歩を
経験しなくても「違ってて当たり前」
と思っていたら、その違いに直面したときに、
がっかりしたり怒ったり、その人を
ジャッジしたりしなくて済む、ということ。
そしてもう一つの要点は、
私達は何も「知らない」ということを
「知る」ことが必要。
「知らない」ということは
それについて知ったかして話せない、
本来ならジャッジもできないから。
知ったかするから
他人をジャッジしたくなるものです。
自分の思い込みが自分を正しくし、
他者を間違いであるという
見方をしてしまう。
価値観の違いを本当の意味で理解したときに、
人間関係において苛立ちや怒りなどから
解放されることでしょう。
人は、自分が放ったものが
自分に戻ってくるという法則がありますから、
人をジャッジしたときには、
いつか人にジャッジされる。
ブーメラン・・・ですね。
その仕組みがわかると、
自分の言動も気にするようになります。
立場が変われば見方も変わり、
私達はほとんどのケースで
知らないということですね。
知っていると思い込むのが危険ですし、
恥をかくこともあります。
知ったか思い込み発言をしたあと
恥をかくことがありますから
気をつけないとですね。
あなたの物事の見方の癖、
というのはありますか?
どういう見方ができるようになると
いいと思いますか?
ではまた明日!
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