まだ美しく咲いているうちにパシャ。
ピンクを見ているだけで女性ホルモンが
0.00000001ミリ位は出そう 笑
本日は、弊社の音声プログラムの
Great Humanityの中から、
「慎み」に関して扱いたいと思います。
もし、CDをお持ちの方が
いらっしゃいましたら、
第5回を復習してみてください。
4倍速までの速聴もありますので
お聞きになってみてくださいね。
「慎み」の類語の意味が、
「遠慮深い、控えめ、しとやか、
行儀よく、礼儀正しく、
落ち着きのある、わきまえる」
などの言葉が挙げられています。
何となく、慎みが何であるか
想像できると思うのですが、
自分でやみくもに主張しない
・・・ようなイメージでしょうか。
しかし、慎み深い人というのは、
自己主張しないからといって、
目立たないわけではなく、
大抵の場合「わきまえている」ので、
自分の立ち位置を知っていながら、
だからこそ、凛とした姿は
多くの人々の目を惹きます。
これが「ただ存在する美しさ」に
繋がっていると推察します。
どういうことかというと、
慎みがある人は、洞察力
(物事の背景にある状態を
読み取る能力)に長けているので、
周りと同調しながらも
(つまり同調しているゆえ
目立つこともあまりない)、
上手に配慮できる人のよう。
しかし、同調しているとはいえ、
存在感はわかる人にはわかるのです。
目立つ人=素晴らしい人、
・・・でもなければ、
影響力のある人=すごい人
・・・でもない、というのは
誰もがお分かりかと思うのですが、
自分の立場をわきまえつつも、
そして、主張せず、
目立つことはあまりないし、
自分の実力を吹聴したり、
賞賛を求めたりすることはないですが、
それでいて、存在感があり、
その存在感が美しい人こそが、
「ただそこに存在する美しさ」を
漂わせているのだと思います。
違う例えとして、
「能ある鷹は爪を隠している」
のですが、しかし、能ある鷹は
どこかで、それがわかってしまう、
圧倒的な存在感、なものは
漂っているものです
謙虚さの裏にある
実力と美しさ
もちろん、上記の事柄は
正しい答えではなく、
私の主観や好み、という
フィルターを通した表現で
私の好みの人格者、私好みの素敵な人、
というものですが、きっと
あなたなりの「慎み」とは何で、
どうあらわしていくのか?
そして「ただ存在する美しさ」とは何で、
自分とっては何が美しさなのか?
といのは、あなたの中に
答えはあると思います。
もし、思いつくことがあれば
コメント欄から教えていただけますと
私も参考になります。
道端に咲く花は、存在を
アピールするわけでもなく、
認められたいから
咲いているのでもなく、
何かに執着しているわけでもありません。
ただ、ひたすら
生命のサイクルのかなで、
一生懸命、精一杯咲いているだけ。
それに人が感動して、
キレイだとか、素晴らしいなどの
評価をしているのです。
私たちも人間も、認められたい、
称賛を浴びたい、評価されたい、
高みに登り、成功者として目立ちたい!
とか、そのような動機ではなく、
ひたすら何かのことにエネルギーを
傾けているときこそが、
美しさを発しているものです。
それは、男女かかわらずに
感じる美しさでもあります。
時々、男性にも美しさを
感じることがあります。
それは、仕事に一生懸命に
なって働いているときの姿です。
個人的には・・・ですが。
決して、自分の功績を
見せびらかしたり、自慢したり、
自分を盛りに盛って大きく
見せようとしている人では
ありません。それをすればするほど
メッキとなり、剥がれる時は
あっという間です。
男性でも女性でも・・・
20年も前の話になりますが、
ある夏の日に、友達の男性で
容姿がかっこいいわけではなく、
本人は自分のことをブタゴリラと
言っていましたので、
ゴリと呼んでいた男友達がいました。
本人はブサイクをウリにしている、
というか、ユーモアあふれる人でした。
そのゴリがパワーショベルを使って、
ある土地を工事している場面に
出くわしました。
私が見ていることにも気づかず、
彼は一生懸命そのパワーショベルで
作業をしていました。
浅黒く焼けた肌に、
白いランニング姿。
汗でびっしょりなっていて
土ぼこりで顔も汚れていました。
・・・な の に !!
ゴリがかっこよく見えたのです。
そう、男としての美しさを感じました。
目をゴシゴシしたくらいです 笑
ゴリラなのに、美しいって・・・汗
男性にも感じる美しさは、
発せられる内側から輝く
エネルギーなのでしょう。
話を戻しますね。
この慎みと美しさは、
二つとも主張していない分、
人としての品格が感じられ、
やはりそこには、魅力を感じるものです。
「私!私!」とあまりにも
自己主張が強すぎると、
下品なイメージさえ
漂わせてしまいますが、
主張させない美しさには
美学があり、
人はそこに言葉では言い表せない
魅力を感じるのでしょうね。
主張しなくても
圧倒的な存在感と、慎みの中に
発せられる真の美しさが発揮できる
女性になりたいものです。