支払いをダラダラと遅らせると、

お金の循環を留めてしまうことになります。

お金は結局、ただただ循環しているだけのこと。

やむを得なくて借りたお金も、すぐに返す習慣がないと、

信頼も失われ、大切な人をも失ってしまうことになるかもしれません。





自分の所に貯め込むことに意識を向けて、

実際に使うことよりも将来の不安のために

貯め込んでばかりいるとしたら、

お金の循環のパイプを細くしていることになります。

細い、ということは、入ってくるお金も細い、

つまり少し、ということ。





何かの請求書がきたら、すぐに支払う。

支払うべきものがあったら、すぐに支払う。

しかも、快くすぐに支払う、ということ。





当たり前の話ですが、お金の価値というのは、

使ってこそ価値があるわけです。

支払った対価としてサービスを受けてます。

だから価値があるんであって、貯め込んでばかりいたとしたら、

そこにあるお金は、ただの紙切れですし、

通帳にある残高はただの印字された数字でしかないわけです。

使えるからこそ、お金に価値があるわけです。





ですから、真に喜ぶべき所は、

「お給料が入ってきたー!わーいわーい!」

で は な く て





「お金を送り出せた。わーいわーい」

・・・のように、使った時、送り出した時の方に、

喜びの波動を乗せた方が、その波動を背負ったまま、

お金は世界中を行き巡り、再び喜びの波動を乗せたまま循環し、

再び自らの元に戻ってきます。





考えてもみてください。

自分のために洋服を買ったり、おいしいものを食べて

満たされているのに、なぜお金を遣って罪悪感を

持つ必要があるのでしょうか?諭吉さんがかわいそうです。





お金払いのいい人になるとは、散在するとは違います。

お金を払う時に、支払い期日に遅れない、

ブツブツ言わない、不平とか不満の感情を乗せない、

自分に支払える能力があることを喜び、

そして、そのお金がまた誰かの喜びのために

遣われることを喜ぶことなのです。





先日の記事で神社へのお賽銭について書きましたが、

少し補足しますが、結局は神様に差し出しているように

思っているかもしれませんが、現実的に言えば、

神社の運営のために使われるのです。





で、ここ重要。

ハッキリ言って、神様は、人間にお金をもらわないと

生きて行けないとか、「わしにお金をくれないと、

願いなんて叶えてやんないもーん」
なんて

ケチな考えをお持ちではありません。





人間に支払う喜び、与える喜び、そして、与えることが、

廻りに廻って、自分のためにもなっていることを

私たち人間に教えているわけです。





大体の支払う金額が前もって分かっている分に関しては、

お給料が出た時点で、最初に取り分けておくのもおすすめです。

余ったお金で誰かに何かしてあげるのではなくて、

最初にお給料が出た時点で、寄付や誰かにあげる

小さなプレゼント代とか取り分けておくなど。





やりくりする時にも、この方法は使えます。

最初に必要経費を取り分けておく。残りの分を使う時に、

ありがたく遣い、ありがたい気持ちを乗せて送り出す。





現実的に言えば、収支の状態も分からないのに、

出せば入ってくるからと言って、不安を小脇に抱えながらも、

びくびくしながら使っていたら、お金底つきます。

負の感情を乗せながらの支払いは、気をつけたいものです





お金は入ってくる時よりも

出て行く時に喜ぶ

これ豊かになるセオリー






拙著「なぜかお金を引寄せる女性 39のルール」の中にも

あります。マネーリプログラミングにご参加の方は、

是非、一読して欲しい本です。本の方はプログラムに対しては

初級編と言ったところでしょうか?基本的なことが書いてあります。

ではまた明日。







なぜかお金を引き寄せる女性39のルール/大和出版

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