読者様からご質問いただきました。
「執着」に関することだったので、すごく大切なことゆえ、
今日は1つの記事を使って回答したいと思います。
ご質問をくださったのは、26歳Mさんです。
その前に、執着に関して当ブログの記事を参考にお読みください。
・引き寄せの法則の敵 執着を手放したいと思う執着(笑)
・引き寄せの法則の敵 執着を手放す方法パート2
「ワタナベさん、こんにちわ。いつもブログとフェイスブック
楽しませて頂いております。今年からはグレートヒューマニティにも
参加している26才の●●と言います。
今日は一つ質問があります。いろんなところで、執着を手放すように、
というのを見かける一方で、執着なくしたらダメ。と言うのも見かけます。
私は、どっちがいいのか、と思うこともあり、あきらめないことと
執着って似ているのかな?とも最近思いました。執着があるから
欲しい物も手に入るし、行動もできると思うし。
でも、執着のまま行動していると、つらいきもちや
不安が出ている自分もいるのがわかります。
まわりと比べて置いていかれたらどうしよ、や
それが叶わなかったらどうしよ。。。などなど。
ワタナベさんのブログや、他のところでも執着は手放した方がいい、
と言うのを見ると少し混乱します。どっちがいいのでしょう?
何かアドバイスがあれば宜しくお願いします。
回答はブログでもフェイスブックでも記事にしてくださってかまいません」
質問の要点は、執着して行動したほうがいいのか?
それとも、執着しないで行動した方がいいのか?
どっちがいいか?という意味だと思うのですが、
それについて私なりの答えをお伝えします。
答えは・・・
どっちでもい~よ~!(´∀`)
読者の皆様、私がそう言うと思ったでしょ?何でわかったの?(笑)
Mさん、どうぞ、ご自身が混乱しない方、
自分の心地いい感情の方を選んでください。
そうしますと、何が本当の答えかがわかりますから。
大切なことは、自分が心地のいい感情があるほうです。
例えば、私がここでMさんの質問にこのような回答をしたとします。
「執着はいけません。手放した方がいいです!」と断言。
そうすると、何がMさんの中に起きるでしょうか?
それは、それ以上を考えることをやめる思考停止状態、
もしくは他の人に答えだけをもらう依存的な状態をもたらします。
なぜ、執着があったほうがいいのか?
なぜ、執着がないほうがいいのか?
考える事も、経験する事もやめてしまう事になります。
自分がしっくり来る方をまずは経験してみて欲しいな、と思います。
そして20代半ばと言ったら、これからいろんな経験ができるはず。
私はもう少しで、46歳という年齢を迎えますが、
それでも経験という意味では、まだまだ知らないことがたくさんあります。
そして、経験すればするほど、学べば学ぶほど自分の無知さにも気付かされます。
100%のことなど、世の中にはない、ってことも。
実は、Mさんと同じ26歳だった頃には、
ひそかに、人生に関してのある種の自信というものもありました。
「人生こうに違いない!」というおごりもありました。
30歳になった時にその思い込みと信念は崩れました。
今思えば、崩れるという経験は貴重だったので、本当によかったと思っています。
Mさんの場合は、「執着したほうが行動できるからいい。」
と言う経験を一つ得ました。そう思ったのなら、
それをやってみることをお勧めします。
そして、Mさんの経験からもう一つわかったこと、それは
「執着したら、つらい気持ちと不安があった」、というのも得ました。
大切なのは、そこで得た体感だと私は思うのです。
答えなんてね、これ!と言った時点で妄信者養成学校ようこそ!
なんですよ。人の数ほど方法論があり、人の数ほど道もあり、人それぞれ。
一番いいのは、自分がしっくりきたものを取り入れ、それをやってみて経験する、
そしてそこからうまくいったらその調子で続ける、
うまく行かなかったら、微調整する。
答えを求めるよりも大切な事は、自分で経験して自分の答えを得る事。
誰かに教えてもらった答えなんて、机上の空論でしかない、
そして、教えてもらった人が成功した方法論であるゆえに、
それがすべての人に当てはまるか?と言ったらそうではないわけです。
「執着」に関して、私の経験と私の主観も一応、書かせていただきます。
ま、ブログは自分の庭なわけで、自分の世界観も伝えないとですね。
以下の記事は、完全に私が思うことなので、Mさん、決して採用してね、
という意味でもないので、ニュートラルな視点で読んでいただければと思います。
人は、欲しいものもなりたいものも、執着がなく
「こうなりたいな~。わ~、楽しそう。エヘヘヘ」ってくらい
その感情を楽しめ、そしてそれに調和できたときに、
現実を引き寄せることになっています。
ここは、法則だから数学の方式みたいなもの。
それは自分の選択と決定で、引き寄せられたかのように見えるものも含め、
または、アンテナが立ったので、盲点が外れて目に入るようになったものもあり。
これらも、引き寄せに感じる事柄の一つです。
あとは、これは奇跡か?というような仕方で、びっくりするよな形で、
まるで、「やる!」と決めたとたん、モーセの紅海が割れて
海底を進めるかのように、すべて天に、お膳立てされるかのような奇跡が。
(ま、それって奇跡じゃなくて法則なんですけどね)
一般的に言われている引き寄せはこっちの奇跡的に見えること言っています。
例えば、私の身近な例で言えば、結構よくあるのが、
私が「あ~、ビール飲みたいー。つまみはハムだ!」と言った瞬間、
チャイムがなり、友人からビールとハムが届く、とか
避難所の人々に挽きたての珈琲を持って行ってあげたいな、と
思ってから数分後、これまたチャイムがなったと思ったら、
2キロの珈琲の豆が届いたとか。昨日も書いたけど、
出版に関しても「本書いてみようかな」とワクワクして考えたら、
その数日後出版社から声がかかるとか。全部私の引き寄せ体験の小さな小さな一部。
これらは自分の選択と決定に関する、行動が伴ったものではなく、
努力も継続もなく奇跡的に与えられたもの。(奇跡じゃなくてホントは法則なんだけどね)
話を元に戻しますが、執着の背後にあるものは、
手に入らなかったことへの恐れと不安と、そして、欠乏感がある状態のこと。
それが手に入らないことへの恐れと、失うことへの不安、
そうした感情が絡んでいるときのことを「執着」と呼びます。
それは、一時的にはそれらの感情はかなりのパワーがあるので、
バーーーー!と駆け抜けることができるものです。
でもいつも裏側の、負の感情で支えられています。
でも、それが悪いわけじゃないですよ。それによって駆け上る人多いです。
ただ、これって苦しいので長続きするのがとにかくしんどい。
立ち止まったら失うかもしれない恐れから、立ち止まることをしない
ある種、強迫観念に似たものに縛られているがゆえのエネルギー。
それでも、私はスタートダッシュはそれもいいかな、とも思います。経験になるしで。
執着が伴わない、夢や目標という場合、
「欲しいな~」と思った心地いい感情に波動が調和した時、
割とすんなり、奇跡的に見えるかのような変化がある。
しかも、それに向かって何かやるときのエネルギーは
しんどいこともつらいことも含めて、楽しくって楽しくってワックワク!
結構、皆様も経験たくさんしているはず。
どんな小さなことでもいいので、それを体感してみると
少しずつもっともっと大きいことを、執着なしに気持ちよく、
さほどの努力もなく、ハラリィ~と手に入れることができるようになる、
それが思考の現実化、それが引き寄せの原点。
「執着」と「あきらめない」に違いがあるとしたらそこ。
まとめると、「執着」は、それを手に入れるときに、
競争心や恐れや不安、つまり抑圧された感情があること、
「あきらめない」というのは、設定したゴールに向かうのに、
ワクワクと楽しさという感情があるので、多少の面倒くさいことも、
努力することも、楽しい、ということ。だから継続も楽ちんにできるもの。そんな感じ。
でも、私はこのブログでみなさんを教育しよう、
という気はサラッサラなくて、何かたった一行でも皆様の人生に
ヒントがあれば、それでいいし、あとはご自身がいい、と思ったやり方は、
好きな人、しっくりくる人から学ぶことが一番の吸収になるかな、と思います。
関連記事:勉強は好きな人から学べ!のススメ
ということで、Mさん、ナイス質問ありがとうございました。
さて、執着に関する記事は実はまだあります。
具体的に執着を手放す方法パート3です。お見逃しなくー。
美人のライフクオリティ向上プログラム詳細 PC、スマートフォン
美人のライフクオリティ向上プログラム詳細 携帯用
↑ 当社のHPでのご紹介です。
「執着」に関することだったので、すごく大切なことゆえ、
今日は1つの記事を使って回答したいと思います。
ご質問をくださったのは、26歳Mさんです。
その前に、執着に関して当ブログの記事を参考にお読みください。
・引き寄せの法則の敵 執着を手放したいと思う執着(笑)
・引き寄せの法則の敵 執着を手放す方法パート2
「ワタナベさん、こんにちわ。いつもブログとフェイスブック
楽しませて頂いております。今年からはグレートヒューマニティにも
参加している26才の●●と言います。
今日は一つ質問があります。いろんなところで、執着を手放すように、
というのを見かける一方で、執着なくしたらダメ。と言うのも見かけます。
私は、どっちがいいのか、と思うこともあり、あきらめないことと
執着って似ているのかな?とも最近思いました。執着があるから
欲しい物も手に入るし、行動もできると思うし。
でも、執着のまま行動していると、つらいきもちや
不安が出ている自分もいるのがわかります。
まわりと比べて置いていかれたらどうしよ、や
それが叶わなかったらどうしよ。。。などなど。
ワタナベさんのブログや、他のところでも執着は手放した方がいい、
と言うのを見ると少し混乱します。どっちがいいのでしょう?
何かアドバイスがあれば宜しくお願いします。
回答はブログでもフェイスブックでも記事にしてくださってかまいません」
質問の要点は、執着して行動したほうがいいのか?
それとも、執着しないで行動した方がいいのか?
どっちがいいか?という意味だと思うのですが、
それについて私なりの答えをお伝えします。
答えは・・・
どっちでもい~よ~!(´∀`)
読者の皆様、私がそう言うと思ったでしょ?何でわかったの?(笑)
Mさん、どうぞ、ご自身が混乱しない方、
自分の心地いい感情の方を選んでください。
そうしますと、何が本当の答えかがわかりますから。
大切なことは、自分が心地のいい感情があるほうです。
例えば、私がここでMさんの質問にこのような回答をしたとします。
「執着はいけません。手放した方がいいです!」と断言。
そうすると、何がMさんの中に起きるでしょうか?
それは、それ以上を考えることをやめる思考停止状態、
もしくは他の人に答えだけをもらう依存的な状態をもたらします。
なぜ、執着があったほうがいいのか?
なぜ、執着がないほうがいいのか?
考える事も、経験する事もやめてしまう事になります。
自分がしっくり来る方をまずは経験してみて欲しいな、と思います。
そして20代半ばと言ったら、これからいろんな経験ができるはず。
私はもう少しで、46歳という年齢を迎えますが、
それでも経験という意味では、まだまだ知らないことがたくさんあります。
そして、経験すればするほど、学べば学ぶほど自分の無知さにも気付かされます。
100%のことなど、世の中にはない、ってことも。
実は、Mさんと同じ26歳だった頃には、
ひそかに、人生に関してのある種の自信というものもありました。
「人生こうに違いない!」というおごりもありました。
30歳になった時にその思い込みと信念は崩れました。
今思えば、崩れるという経験は貴重だったので、本当によかったと思っています。
Mさんの場合は、「執着したほうが行動できるからいい。」
と言う経験を一つ得ました。そう思ったのなら、
それをやってみることをお勧めします。
そして、Mさんの経験からもう一つわかったこと、それは
「執着したら、つらい気持ちと不安があった」、というのも得ました。
大切なのは、そこで得た体感だと私は思うのです。
答えなんてね、これ!と言った時点で妄信者養成学校ようこそ!
なんですよ。人の数ほど方法論があり、人の数ほど道もあり、人それぞれ。
一番いいのは、自分がしっくりきたものを取り入れ、それをやってみて経験する、
そしてそこからうまくいったらその調子で続ける、
うまく行かなかったら、微調整する。
答えを求めるよりも大切な事は、自分で経験して自分の答えを得る事。
誰かに教えてもらった答えなんて、机上の空論でしかない、
そして、教えてもらった人が成功した方法論であるゆえに、
それがすべての人に当てはまるか?と言ったらそうではないわけです。
「執着」に関して、私の経験と私の主観も一応、書かせていただきます。
ま、ブログは自分の庭なわけで、自分の世界観も伝えないとですね。
以下の記事は、完全に私が思うことなので、Mさん、決して採用してね、
という意味でもないので、ニュートラルな視点で読んでいただければと思います。
人は、欲しいものもなりたいものも、執着がなく
「こうなりたいな~。わ~、楽しそう。エヘヘヘ」ってくらい
その感情を楽しめ、そしてそれに調和できたときに、
現実を引き寄せることになっています。
ここは、法則だから数学の方式みたいなもの。
それは自分の選択と決定で、引き寄せられたかのように見えるものも含め、
または、アンテナが立ったので、盲点が外れて目に入るようになったものもあり。
これらも、引き寄せに感じる事柄の一つです。
あとは、これは奇跡か?というような仕方で、びっくりするよな形で、
まるで、「やる!」と決めたとたん、モーセの紅海が割れて
海底を進めるかのように、すべて天に、お膳立てされるかのような奇跡が。
(ま、それって奇跡じゃなくて法則なんですけどね)
一般的に言われている引き寄せはこっちの奇跡的に見えること言っています。
例えば、私の身近な例で言えば、結構よくあるのが、
私が「あ~、ビール飲みたいー。つまみはハムだ!」と言った瞬間、
チャイムがなり、友人からビールとハムが届く、とか
避難所の人々に挽きたての珈琲を持って行ってあげたいな、と
思ってから数分後、これまたチャイムがなったと思ったら、
2キロの珈琲の豆が届いたとか。昨日も書いたけど、
出版に関しても「本書いてみようかな」とワクワクして考えたら、
その数日後出版社から声がかかるとか。全部私の引き寄せ体験の小さな小さな一部。
これらは自分の選択と決定に関する、行動が伴ったものではなく、
努力も継続もなく奇跡的に与えられたもの。(奇跡じゃなくてホントは法則なんだけどね)
話を元に戻しますが、執着の背後にあるものは、
手に入らなかったことへの恐れと不安と、そして、欠乏感がある状態のこと。
それが手に入らないことへの恐れと、失うことへの不安、
そうした感情が絡んでいるときのことを「執着」と呼びます。
それは、一時的にはそれらの感情はかなりのパワーがあるので、
バーーーー!と駆け抜けることができるものです。
でもいつも裏側の、負の感情で支えられています。
でも、それが悪いわけじゃないですよ。それによって駆け上る人多いです。
ただ、これって苦しいので長続きするのがとにかくしんどい。
立ち止まったら失うかもしれない恐れから、立ち止まることをしない
ある種、強迫観念に似たものに縛られているがゆえのエネルギー。
それでも、私はスタートダッシュはそれもいいかな、とも思います。経験になるしで。
執着が伴わない、夢や目標という場合、
「欲しいな~」と思った心地いい感情に波動が調和した時、
割とすんなり、奇跡的に見えるかのような変化がある。
しかも、それに向かって何かやるときのエネルギーは
しんどいこともつらいことも含めて、楽しくって楽しくってワックワク!
結構、皆様も経験たくさんしているはず。
どんな小さなことでもいいので、それを体感してみると
少しずつもっともっと大きいことを、執着なしに気持ちよく、
さほどの努力もなく、ハラリィ~と手に入れることができるようになる、
それが思考の現実化、それが引き寄せの原点。
「執着」と「あきらめない」に違いがあるとしたらそこ。
まとめると、「執着」は、それを手に入れるときに、
競争心や恐れや不安、つまり抑圧された感情があること、
「あきらめない」というのは、設定したゴールに向かうのに、
ワクワクと楽しさという感情があるので、多少の面倒くさいことも、
努力することも、楽しい、ということ。だから継続も楽ちんにできるもの。そんな感じ。
でも、私はこのブログでみなさんを教育しよう、
という気はサラッサラなくて、何かたった一行でも皆様の人生に
ヒントがあれば、それでいいし、あとはご自身がいい、と思ったやり方は、
好きな人、しっくりくる人から学ぶことが一番の吸収になるかな、と思います。
関連記事:勉強は好きな人から学べ!のススメ
ということで、Mさん、ナイス質問ありがとうございました。
さて、執着に関する記事は実はまだあります。
具体的に執着を手放す方法パート3です。お見逃しなくー。
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