こんにちは。ワタナベです。

最近、ストレッチに凝っています。と言ってもよくやり方がわからず、

YouTubeで動画を見ながらやったり、または朝は毎朝ラジオ体操も本気でやってます。

なぜ、そげなことをしているかと言いますと、アロママッサージに行ったときに、

施術者様に、「ワタナベさん、ちょっと体まずいですよ。指が全く入りません」

って言われました。カチコチ過ぎて体がひどい状態らしいです。



ゆえに、そのお方は「エクササイズよりもストレッチを毎日やってください」と

ご提案くださいまして、私は割と言われたことは素直にやるほうでして、

今は、一日3回、ストレッチやっているんです。そうしたら、肩こり減りました。



そして、それだけでなくてストレッチを始めたのには、ちょっと自分の体に関して、

ショックを受けたことがあったんです。三面鏡で自分の背中見てみたんですよ。

サイコーに驚いた!( TДT)



私、背中に贅肉はほとんどついていないんですよ?・・・にも関わらず、

私、天使の羽がでていないんです。つまり肩甲骨がでていないのーー(号泣)



施術者さんに聞いたら「本来指が入るべきところの筋肉が硬直状態、かつ

筋肉が盛り上がっているので、肩甲骨が浮き出ていない状態です」…だって!(;∀;)

ということで、今私は「天使の羽、取り戻そう強化月間」でがんばっています。

クライアント様とも約束してやってるからくじけません。一応ブログでも宣言しとこ。



さて、今日はお金ネタ。



「お金がいらない」と言う方に時折お会いすることがありますが、

実は以前の私も実際にそうでして、「贅沢は敵だ!」とか、

もしくは貧しくても心が豊かであれば…なんて本気で思っていた時代もありました。



また、私は長い間聖書の愛読者でもあったのですが、

お金を諸悪の根源なんて書いてあって、それぞれの理解によるのかもしれませんが、

大方の理解としては、やはり富は身を滅ぼす、みたいな捉え方が

されているような気がします。それが真の意味ではないとは思うのですが…



そして、「清貧」という言葉も何となく、日本人的にはウケがいいのかもしれませんが、

しかし潜在的にだれもが皆、やっぱり豊かさを求めているような気がします。



清貧の意味は、「私欲を捨てて、行いが正しいために、

貧しく生活が質素であること」(Yahoo辞書引用)ですって。



私、さっぱり意味わかんないです。

私欲を捨てて・・・の意味は理解できますが、

正しい行いをすることと、貧しい生活、質素な生活がどう結びつくのかな?(^^;)

豊かさと強欲が結び付けられた言葉なの?



豊かさは与える精神を生みます。

豊かさは幸福を生みます。

豊かさは、笑顔になれます。



$美人になる方法



かといって、常に豪華な食事をしていることが幸せだとも私は思いません。

豪華な食事をおいしい、と感じるのは、質素なご飯を食べているから

尚のこと感じるわけで。いつもいつも豪華な食事をしている人は、

特別それがすっごくおいしいとも、豪華だとも感じないことでしょう。



しかし、普段の生活は質素でも、時折食べる豪華な食事は本当にありがたくって、

幸せな気分にもなり、おなかが満たされるだけでなく、心まで満たされ感があります。

そんなことを味わったときに思ったのは、もっともっとお金が欲しい…と感じたのでした。



それは、「お母さんにも食べさせてあげたいな」とか、

「○○ちゃんにも食べさせてあげたいな…」とか、

お子さんがいらっしゃる方なら、「子供たちにもっと…」と思うのではないでしょうか?



つまり、お金が要りません、っていうのは、視点を変えれば、

自分さえ満たされていればいいんだ、という風にもとれるわけです。



今回の震災で、どれだけお金が欲しいと思ったか…

全然足りない!と思いました。たくさんあればもっと必要な人にも回してあげられるし、

自分がしている分なんてわずかなものでしかない、とも思えてきて、

お金なんてなくても幸せよね~、なんて考えはもう、1ミクロンもなくなりました。

(もちろん、お金のあるなしが幸せのバロメーターではないですけどね)



「お金がなくても幸せ」という考えは、自分以外の誰かを満たしてあげたいとか、

誰かにもっともっと何かをしてあげたい、という気持ちにすらならないわけです。

あ、これは私の場合で、私はまだまだ心が狭いのでしょう。



超貧しくっても、自分の分を削ってまで他の人の与えるような

マザークラスの方もいらっしゃいますが、私はその種の人間ではないので、

自分が満たされていないと他の人をも満たそうと言う気にならない、

それゆえ、やはりお金はこれからもっともっと必要になります。



しかし、満たされている、という思いも十分ありますので、

今得られているものに感謝しつつ、そして、もっとあったら何しようかな?とか

他の人に何をしてあげられるかな、と考えるもの楽しいものです。



お金があるおかげで、私たちはおいしいものが食べることができ、

好きなものを身に着けることもでき、そして、

誰かのためにそれを使うこともできるのです。



これまで、たくさんのクライアントさんとのセッションの中で、

「お金のブロックを外す」というテーマでコーチングしてきました。

どこかでお金を儲けることに関するブロックや、お金を使うことに関する

罪悪感
を抱えている人が多かったです。



しかし、その方の内なるところの声は、やはり、お金を使うことも、

お金を得ることも、喜びなのです。私たちの親の世代は、結構

「お金は苦労して稼ぐもの」との教育を子供たちに教育してきて、

私たちは、その親の思念をそのまま受けて育っている人が多いのかもしれません。



ま、親世代は、時代が時代だったのでね・・・しょうがないと思います。

今は豊かな時代になりました。そして、意味ある仕方でお金を使っていきたいものですね。

利他的なお金の使い方をすることで得られる幸福感も、結局はお金が

私たちを幸せにしてくれるツールになっているんですものね。



今日の記事、何か参考になれば幸いです。

明日の訪問もお待ちしておりますーー!(^^)







大人気の【送料無料】お試しセット

激うまコーヒー4つの秘密とは?