こんにちは。ワタナベです。

本日は、東京会場のセミナーです。プログラム開始は、正午12時からとなります。

ちょうどお昼の時間ですので、始まる前に何か食べてきたり、

会場ついてからでも何か軽く食べても大丈夫ですので、

どうぞ遠慮なくピクニックシート広げてランチしてください(^▽^;)

お会いできますことを心より楽しみにしております。




先日、ふと、10年以上も前の経験を思い出して、

ほんのちょっとムカムカしてしまい、あのときの経験からの

学びをちょっとだけ記事にしようと思いました。




タイトルは、そのまんまなんですが、

私は昔は頼まれごとを断ることが本当にできない人間でした。

今でもちょっとはそういう傾向があるのですが、現在その傾向は、

パーセンテージに表すと、全体の10%くらいなので、

あまり日常生活に不都合は生じません。




しかし、10数年前は断りきれない度は、80%以上もありまして、

嫌なことでも全部引き受けて、ヒーハー言っているタイプでした。

根底にあるのは「誰からも嫌われたくない」という、やっかいな感情。




今から14年ほど前の超極貧時代。

離婚して車買って引越しして・・・

私の貯金通帳は底をついた状態。というくらいしんどい時でした。

当時、正社員ではなくて派遣で職種が変わる、ということもよくありまして、

新しい派遣先ですぐに仲良くなった5歳ほど年上の女性がKさんがいました。




彼女には、何か相談したり一緒にご飯食べたりと、

すぐに打ち解け仲良くなりました。




しかし、1ヶ月もしないで彼女は引っ越すことになり、

ほんの短い間だったけど、何か気持ちだけでもKさんにプレゼントしたいな、

って思っていた時に、同じ部署の人からみんなでお金を集めて、

彼女に何かプレンゼントしない?という提案を受けました。




何人かで集めてやるなら、それぞれが小額でも

それなりの物や餞別になるかな、思い、私もそれに参加することにしました。

声をかけてくれた人は、勝手にこちらで物を買ってあげるよりも、

引越し先で使う必要なものをあげようね、ということを言っていたので、

私もそれに同意しました。いらない物をもらっても困るだけだし・・・思ったし。




で、後日、その声をかけてくれた方から

「Kさんへのプレゼントの品決まったよー」との報告を受けました。




「Kさんね、ダイニングテーブルセットが欲しいんだって!」




ここまでは、まだセーフですよ。

ほら、ニトリとかトップバリューとかでもお安いしね。

テーブル一つと椅子2脚で、安いのだと2万円くらいで買えちゃうものもあるし。

5、6人参加する人がいるので、そんな額にはならんだろう・・・と思っていたら、

欲しいとされるカタログまで見せられて、そのお値段見たら、

ニャ、ニャントォーッ!




16万円也。チーン!




えっと・・・プレゼント参加者が6人だから、

160,000÷6=26,666 お一人様約¥27,000。




その女性、「Kさんね、このダイニングテーブルセットがいいんだって。

椅子が回らないタイプだと12万円なんだけど、この際回るのが欲しいんだって」

つーか、あなたたちも、どんだけ金持ちで太っ腹なの!とか、思ったりもして(笑)




で、どうなったと思います?

ちょうどその後、そのテーブルセットがセールになって

半額の8万円になったんです。それを6人で割ってKさんにプレゼントしました。




これは、引越し祝いにダイニングテーブルを欲しいと言ったKさんが

アフォーだ、という記事ではなくて、断りきれない私がいかにダメなのか

って記事なんですけどね、本来の「Kさんにプレゼントをしたい」という

温かい気持ちが、結局モヤモヤしたまま、あまりいい動機じゃないまま、

参加したことがよくないんですよね。それこそ、「ダイニングテーブルセット

欲しいっていうKさん、バカじゃん?」とか思ったり(^^;)

どうせ同じあげるにしたら、気持ちよくあげたいじゃないですか。




しかし、私のきもちはモヤモヤ募り、

どんどん、心は醜くなっていきました。

醜くなる前に、イヤだったら、断ればいいんです。



NO.jpg



断ることが慣れている人から見たら、断りきれない人の

心境が理解できないことがあると思うのですが、

他人の目を気にしすぎる傾向や、自分だけNOと言えない

そんな性格が災いして、結局自分の動機までおかしくなるんですよね。




思い出しただけでも、自分にも腹立つし、ダイニングテーブルセットを

欲しいって言ったKさんにも腹立つし、こんなことを思い出して、

やっぱり、自分の意思はしっかり伝えられるようにならなきゃいけないな、

って改めて思うのでした。




聖書の言葉に、

「はい」は「はい」を、

「いいえ」は「いいえ」意味するようにしなさい




という言葉があるんですけれども、まさにそれ。

心の中では「No」なのに、言葉では「Yes」と言っていたら、

相手だって混乱しますし、自分にも嫌気がさすものです





なので、ことわりたいな、無理だな、

そんなことを思ったら、断る練習、断る力、

これから強く生きていくためには、とても必要なことです。




そんな随分昔のことを思い出し、記事にするのも、

何か意味のあることだと思い、みなさまにも恥を忍んで

お伝えしようと思ったのでした( ̄▽ ̄;)

週末楽しんでくださいね。