僕は生まれて2~3才に満たないんだろうな。今まで生きてきた自分は、自分を生きていなかったから。
やっと、縛られていたものから開放されて産声を上げたのが、つい最近のことだとすると、やはり、それぐらいしか生きていないのだろう。
普通に生まれて、普通に育って、しかし、普通より早く気がついて、それに対する答えを出すことを先延ばしにしていた自分が、生きる理由をでっち上げるには、「人のため」に生きるのが手頃だったのだろう。
親のために進学、就職し、同僚のために仕事に励み、仕事のために休日を過ごし、時間の多くを言い訳に浪費してきた。
多分、自分と向き合って、自分のために時間を遣うことが怖かったのだろう。その時間に意味を持たせることができるか不安だったのだろう。
だけど、食べる、寝るといった衝動は、体を脈打つこの鼓動は、誰のためでもない自分のためだけのものだった。
足元を見ると、僕を縛る鎖は存在せず、ただ、自分の可能性を恐れていた自分が、僕の足にしがみついて離れなかっただけだった。
一度リセットして、自分だけの駄作を作る時間も、贋作を作るよりはよっぽどいい。