戦場にかける橋
カンチャナブリに行ってみた。“戦場にかける橋”で有名な“Bridge over Kwae River”である。すっかり寝坊してしまい、朝8時の汽車に間に合わず、バスを乗り継いでいくこととなる。折角だから、泰面鉄道に乗っていくはずだったのに困ったもんだ。TATのおじさんがとても優しい方で、丁寧に説明してくれる。レンタルチャリに乗って、戦争博物館に向かう。バンガロー風のチャチな造りだが、旧日本軍捕虜収容所の再現らしい。写真などはたいしたことないが、生き残った捕虜たちの絵がグロテスクですごい。日本人は居づらい場所だ。”Forgive, But not forget (ゆるそう、でも忘れるな)”。連合国合同墓地にも行ってみる。小さな石板のようなお墓だが7000基もあるらしい。白人女性の笑いかけがなぐさめに思える。
“His living in Beautiful memory”
“His absence in Silent Sorrow”
“His Duty Nobly Done”
“Always Remembered”
“Rest in Peace”
“Gone, but not Forgotten”
などの言葉が石板に刻まれていた。日本慰霊塔を見てから、橋を徒歩で渡ってみる。まさに映画と同じだが、クワイ河が深くて、高所恐怖症には結構怖い。帰りも結局バスとなりバンコクに戻る。TTゲストハウスには新しい日本人女性が来ていて、明日からバリに行くらしい。片道チケットのみでいつ帰国するか決めていないらしい。羨ましい限り。
旅の終わり
いよいよ帰国が近くなってきた。徒歩でGPO(中央郵便局)に向かい、実家に帰国の電話をする。チェンマイでも電話したが、英語でのコレクトコールの説明が上手くいかず苦労したが、ここでは電話機にある“Japan”のボタンを押すと、KDDIの日本人が出て、すぐにつながる。
オリエンタルホテルに行ってみる。タイでもっとも有名な五つ星ホテルだ。プラザの中を歩いてみたが、博物館以上のコレクションであっけにとられる。買う人はいるのだろうか。東京銀行に行き、残りのT/C10000円分の半分の換金を依頼したら、三井銀行に行けと言われ、ムッとする。三井銀行では日本語のとても上手なきれいな女性が対応してくれ、すっかり舞い上がる。最後と思い、またルンピニ公園へ行き、昼寝する。暑さに目が覚めて、東急デパート内で涼みながらTシャツを買って、ドーナッツを食べる。夕方近くになり、GHに戻り、また昼寝。18時半頃起きてチャイナタウンに行ってみる。活気があって、まるでお祭りみたい。海鮮粥、ココナッツミルクシェイク、燕の巣のスープ。食べてばかり。屋台での貝のボイルは半生みたいで危なそうだったが、隣で高校生も食べており、一緒に笑って食べる。Missワーリーに電話をして帰国の旨、伝える。GHに戻る途中の暗い路地に屋台が出ていて、怪しいお姉さんが酒を出している。メコンウイスキーとソムタムでくつろぐ。ソムタムは、青パパイヤと沢カニのサラダみたいな辛い食べ物でつまみに最高。沢カニがちょっと心配だけど、もう帰国も近いとやぶれかぶれ。お姉さんと一緒になってメコンを飲む。
朝起きて、隣のベッドのWolf(オーストリア人)と話をしていると、彼も今夜の便で帰国するらしい。一緒に空港まで行く約束をする。
最終日は、Weekend Marketに行ってみる。日中の暑さと冷房の効きすぎで風邪をひいたらしく、フラフラする。市場は、食料・日用品だけでなく、アクセサリーやカセットテープ、山岳民族の土産物、さらに小動物、生魚も扱っている。様々な犬やダチョウのひな、珍しいインコやカナリアなど本当に売買していいのかと首をかしげるような動物まで売っている。GHに戻り、シャワーを浴びてさっぱりする。近くの屋台に出かけて、最後のバミーナムとカオ・パッを食べて、Wolfと空港に向かう。バスはすし詰め状態。Wolfを見送り、独りぼっちとなる。頭痛がひどい。早朝便なのでこのまま空港で徹夜だ。冷房が効きすぎて寒い。
帰りの便は、徹夜したのと、風邪をこじらせてしまったので、ひたすら寝ていた。
30日ぶりの日本、成田に着いた。しかし、日本に来ると、この汚い恰好は、ちょっと恥ずかしい。無精ひげに、何回も水洗いしているだけのTシャツと短パン、泥だらけのシューズ。乞食かヒッピーって感じ。恥ずかしさを我慢しながら、上野駅まで行き、上野公園で高校時代の友人と待ち合わせ。友人にも笑われる。車で迎えに来てくれたため、電車でジロジロと見られることは避けられたが、このまま横浜にある彼の実家にお邪魔するわけだが、こんな格好で大丈夫なんだろうか。
横浜では、友人宅で日本式の風呂に1ヵ月ぶりに入り、友人のお母さんの手料理を頂き、すっかり満足。暖かいベッドで寝れば風邪も治ったようだ。翌日、地元まで特急で帰る。やはり実家はいい。すっかり満足して母親の手料理を食べる。しかし、その後、激しい下痢ともに全身発疹が出る。あっちゃー、これはコレラだなと自己診断。イエローカードを持って、市内の総合病院に行ったら、ビブリオによる食中毒と診断。入院の必要はなく、大量の抗生剤を処方。まあ最後の最後まで大騒ぎ旅だったけど、やっぱり最高の旅だった。バックパッカーは本当に面白い。
