仕事を一旦辞めた。20年以上、一所懸命に走ってきたが、そろそろ息切れ。それでもって長期休暇を得た。1ヵ月自宅で家族サービス、1ヵ月家族でハワイ生活、1ヵ月ひとり旅と大まかに分けた。さて、ひとり旅、どこに行こうか。いろいろと考え、行ってみたいところを考えてみた。①ポルトガル・バル三昧、②アフリカサファリ、③アラスカユーコン河、④エベレスト街道、だろうか。前3択は、まあもう少し年をとっても行けるが、エベレスト街道はもう体力的には最後じゃないだろうか。まあ、そんな簡単な理由で今回の旅はエベレスト街道に決定した。

調べてみると学生の頃、バックパッカー旅でお世話になった“ノマド”というツアー会社はまだやっていた。20年ぶりに会社を訪ねてみた。バックパッカーの学生ってもはや少ないようで、中高年の登山ツアーなどを企画している会社となっていたが、ネパール行のチケットは手配してくれそうだ。ネットから現地での登山ガイド・シェルパを探してみる。Himalayan Smile Treksというネパールのツアー会社に直接シェルパをお願いすることができた。

出発の当日。午前中は、普通に家族サービス。7歳の長男坊のスケート・テストに付き添う。長く北海道にいるが、自分自身はスケートをほとんど滑れない。スケート靴を履くのを手伝い、応援する。スピードスケート形式でグラウンドを1周する。転倒する参加者が多く、“棚からぼたもち”風に、一等賞をとる。幸先のいい旅立ち。

家族に見送られ、大韓航空に乗る。隣のオジサンは、Inchon乗り継ぎでトルコに行くらしい。Inchonでは乗り継ぎは翌朝なので、シャトルバスでBest Western Hotelに連れていかれる。Inchon International Airportはすごい立派な空港だが、周辺はひどく寂しい街で、荒涼とした野原と汚い海が拡がってる中に、数棟のビルが建っているだけ。徒歩で1周しても10分程度。歩いている人もいない。ファミマを見つけて入ってみたが、ドルはダメと言われた。夕食はホテルのビュッフェだがたいして美味しくもない。ホテルの売店はドルが使えたので、韓国のりとビールを買って、部屋で独り飲みした。機内誌に、“旅は10年前の自分に再開する。そして10年後の自分に出会える”とあった。10年前は嫁さんに出会った。10年後は、長男坊が受験だな、などと徒然に考えながら寝た。

早朝6:50から朝食ビュッフェ、7:20シャトルバスに乗って、空港に戻る。出発カウンターで、なんと無料でビジネスクラスにアップグレードしてくれた。大韓航空最高。9:40離陸。フルフラットの座席で、離陸前にシャンパンがサーブされる。CAさんがものすごく綺麗。映画“かいじゅうたちのいるところ”を見ながら、うとうとする。カトマンドウ着が現地時間17:20、7時間40分の空旅だ。


カトマンドウ空港には、Himalayan Smileの代表のKTスベライさんが直接迎えに来てくれた。日本語が達者でビックリ。奥様が日本人らしい。ホテルもHimalayan Smileの手配なので、車で送ってくれたが、想像した以上の雑多でゴミゴミとした街中を走り抜け、40分ほどでホテルに着く。中は真っ暗。停電らしく、ローソクの灯だけが頼り。フロントでシェルパのナビンを紹介される。英語も日本語も少しくらいしか話せないらしく、大丈夫だろうかと心配になった。まあ、まずはチェックインと思ったが、502号室はひどい散らかりようで寝る場所もない。入口で途方に暮れていたら、通りがかりの兄ちゃん(後でスタッフと判明)が602号室に案内してくれる。全て階段だ。少し落ち着いてから街に出てみる。バックパッカーに有名なタメル地区のホテルらしい。150ドルをネパール・ルピーに両替する。一番大きなお札が1000ルピー(1000円)だが、街中ではほとんど使えないらしく、100ルピーを中心に両替してもらうと、大量の札束になる。あまりに大量すぎて、しかもボロボロ札だったが、念のため窓口で入念に数えてみると、全く足りない。そこでの押し問答はなかなか大変だったが、どうにか普通のレートで両替してもらう。この辺も、バックパッカーの聖地らしく、簡単にカモにされそうだ。適当に探して、YinYangというお店でタイカレーを食べた。