昨夜は、頭痛もなく、ぐっすりと眠れた。薬が効いているようだ。4:30頃起床して、寝袋の中で読書。外は、ひどいガスで周りが全く見えない。昨日来た年配の日本人2名は、今日は周辺ミニトレックと言っていたが、ちょっと厳しそうだ。しかもこれだけガスがひどいと飛行機も飛ばないらしい。
我々は8時出発。まだまだ標高を稼ぐ必要がある。かなり深い谷あいを見下ろしながら歩く。雪がチラついてきたと思ったら、吹雪になった。“雪は降らないって言ったじゃない”とナビンに問うと、“まあ冬だからね”をウインクされた。谷底まで一旦降りて、Phunki Tenga(プンキテンガ3250m)で、イムジャコーラの橋を渡り、きつい登り坂にとりつく。村の入口には大きなマニ車が安置されたGonpaがあり、マニ車を回しながら、旅の安全を祈願する。イムジャコーラは、エベレストからクーンブ氷河を経て流れるエベレストの氷の河だ。4つの高山病ポイントの2つ目、Tyamgpoche(タンボチェ3867m)まで、一挙に600m登る。吹雪の中の登山はかなりつらく、また徐々に後頭部が痛くなってきた。13:30、ようやくTyamgpoche到着。
吹雪を避けて、ロッジに入る。蘭人1名、NZ人1名、スペイン人2名が休んでいる。少し話したり、読書したりしていると、さらに雪がひどくなって、雪だるま状態で、中国人6名とNZ人2名がやってきて、ロッジはひどい混みようになる。中国人って、やっぱり中国人で、1台しかないストーブの周りに陣取り、自分のものを干しまくり、持参のコンロでお茶を沸かし始める。さすがにガイドに注意されて、キッチンのほうへ行く。男性3名女性3名のツアーだが、全ての仕事は男性がやっていて、女性はストーブから一歩も動かない。ロッジは木板1枚張りの馬小屋のような造りで寒い。昨日洗ったけど乾かなかったTシャツとパンツを干してみたが、凍ってしまった。室内の水も凍っているので、室内温度はマイナス5度くらいだろうか。吹雪がひどく、今日はここまでのようだ。混んでいるダイニングで、Garlic soupとPotato Momoを食べる。芋餃子ってなんだろうと思ったが、マッシュポテトの餃子だった。頭痛が続き、またナビンから薬をもらう。ひどい積雪になっている。寝室もひどい寒さ。全てのものを着込んで寝る。
軽い頭痛と部屋の寒さであまり寝付けず。そのうち、朝5時になって近くのGonpa(チベット寺院)の銅鑼が鳴り始める。日本の鐘のゴーンという音と違って、ジャンジャンジャンジャーンジャーンという競輪のドラのようでやたらうるさく、10分くらい続く。カーテンを開けると、なんと晴天!積雪は20㎝程度か。降り続いた割には風が強いせいか、それほど積もっていない。頭痛も改善しており、チーズトーストを食べて8時出発。昨夜、近所の人が亡くなって、葬式のようだ。亡くなった方の棺を神輿に乗せてGonpaへと運ぶラマ僧の行列をしばし見学。
空は晴天で、Lhotze(ローツエ8516m, 南岳)やEverestがよく映える。既にThamserkが後ろへと移動しており、AmaDablam(アマダブラム6856m)がすぐ近くに見える。イムジャコーラに沿ってひたすら歩く。晴天になるととたんに暑くなって、汗だくになる。Pangpoche(パンポチェ)で一服して、河を渡り、再びつらい登りを過ぎて、Dingpoche(ディンボチェ4350m)まで来た。
昨日とは打って変わって豪華なロッジで、部屋も快適で素晴らしい。すぐ横に、AmaDablaが見える。昨夜のNZ人、蘭人、スペイン人と一緒で、いろいろ話す。NZ人が、北海道ニセコに行ってみたいが、お金がかかるので行けないと嘆いていた。でも、なんと世界旅行中で、Bangkokを経由して、タイに1ヵ月、ビルマに1ヵ月、今はネパール。この後は、2,3年かけて、インド、トルコ、ドイツ、イングランド、カナダ、USAと旅する予定だそうだ。学生か?と聞いたら、もともと楽団の仕事をしていて、辞めて旅を始めたらしい。あいかわらず世界は広くて面白い。蘭人と思っていた人は、実はデンマーク人で、復路のチケットを持っておらず、いつまで旅するか決めていないらしい。他のアジアの国々も回るのかと聞いても、わからないなあと笑うだけだった。この二人が結局、最後の最後まで旅を続ける道連れとなった。夕方になるが、蘭人夫婦2名も来で、8名と大所帯となるが、ロッジが広いし、太陽光発電で電気が使えるので、それだけでうれしい。しかし、やはり部屋は寒く、やはり全てを着込んで、シェラフの上から毛布を2枚かけて縮こまって寝る。寝る前に外に出てみると、雲一つない大きな夜空で、ものすごい星の数だ。今にも落ちてくるような星々が、空一面すき間なく拡がっている。いっぱいに散りばめたような星空に、ヒマラヤの山々のシルエットが重なって、神秘的。




