生存限界からの帰還

 

Lubucheからすると暖かいと思ったTuklaだったがやっぱり寒い。ロッジには、カナダ人、ドイツ人など5名とガイドがいて、結構混んでいる。ヤクの糞のストーブの周りが彼らでいっぱいで、その輪に加われず、夕食を食べてすぐに寝る。トイレが外にあるが寒くて行くことができない。しかし疲れているためか、ぐっすり寝た。朝、目覚めて枕元に置いたペットボトルの水を飲もうとしたら完全に氷結して飲めず。


朝食にトーストと卵焼きを食べて、スティーブンとともに出発。ともにKalaPattar登頂を果たして、スティーブンともすっかり打ち解ける。再び、ひたすら歩くが、基本は下りなので頑張れる。上りと違うルートから、Periche(ペリチェ4252m)の診療所の前を通ったが、オフシーズンだからなのか、診療していないというか、閉院しているようだ。そこから、Pangboche(パンポチェ3985m)の上村のゴンパ横のレストランに入る。壊れそうなボロボロの加圧窯を焚火にかけてご飯を炊いている。この薄い大気では、加圧窯を使わないとご飯が炊けない。ここから、スティーブンが、ゴーキョピークに向かうため、別々の道に行く。ゴンパを見学してから出発。本当に下りはあっという間で、吹雪の夜に泊まったTyanboche(タンボチェ3867m)のロッジもちょっと休憩だけで駆け抜ける。ここからの下りは、高山病ポイントだっただけにさすがにきついが、まあ下るだけだからなあ。PhunkTenga(プンキテンガ3250m)から少し登り道となるが、ここでふと気づくと、空気がやさしい。体がすごく楽で、息をしているのが楽しくなる感じで、ちょっと走ってみたくなる。3500m辺りで、世界の分岐で、それ以上の天界では、空気が薄くて、過酷な世界であることを思い知る。歩くのが楽しくて、そのまま一挙に、Namcheまで歩きとおす。わあ、なんという文明社会だ、と感激。1週間前に来た時とは全く違った、素晴らしい街並みに見える。着替えて、エベレストビールを飲む。8日ぶりのビールは本当に美味い。シャワーを浴びたかったが、さすがに水道は凍ったままらしい。しかしそれでも生存限界の天上世界とは全く違って幸せを感じる。

同宿となった韓国人女性と話す。独りで(もちろんガイド付き)、カラパタール、

ゴーキョ、アンナプルナをトレックするらしい。デンマーク人のスティーブンもそうらしい。今回、なんとなく、いろいろ調べてエベレスト街道を選んだが、ぜーんぶ回ってしまうという考えには至らなかった。やっぱり世界は広く、いろんな変な奴らを沢山いて、面白い。

朝起きても、空気が優しい。背伸びをして空気を思い切り吸い込む。コーヒーとトーストを食べて、Namcheの街を散策してお土産を買う。

 


再び下山。高山病ポイントはやっぱりきつい坂道だが、所詮下り坂。渓谷にかかる恐ろしい高さの吊り橋もだいぶ慣れてきたようだ。Jorsaleで一服し、Monjoでランチ。14:30頃、Phankding(パクディン 2610m)に着く。もうほぼトレッキングが終わってしまった気分なのに、ひたすら歩き続けるのも結構疲れる。着替えて、早速ビール。美味い、と、うなっていると、日本人高齢者の団体がドタドタとやってきた。さすが日本の老人は、ここネパールでも徒党を組んで山に登るわけ。なんだか日本の登山小屋みたいな感じですっかり幻滅。どうして日本の老人どもは徒党を組むのが好きなんだろうねえ。頭痛がするが、高山病の頭痛とは全く異なり、重いザックと寒さからくる肩こりみたい。しかし、このザックも19歳の学生時代に大学そばの秀岳荘で買ったもんだから、もう20年以上使っているが、さすがにエベレスト街道に来るとは、ザックもびっくりしていることだろう。


夕食時となり、日本人高齢者が群がり、騒然とした状態になる。代表らしきおばさんが仕切っているが、ガキの遠足みたい。日本から持参の漬物やみそ汁、珍味などがテーブルに所狭しと並ぶ。しばらく我慢したが、耐えられず、シェルパたちのスタッフ用ダイニングに移動し、宿の人たちと一緒にダルバードを食べる。女将さんが、苦笑しながら、ロキシー(ネパール焼酎・ヤラク)を飲ませてくれる。味は泡盛に近い。コップ1杯だったが、度数は高いようで、すぐに眠くなって、早々に寝る。

高齢者の朝は早く、4時くらいにはドタバタガヤガヤとうるさく騒ぎはじめ、いっせいに出発していった。中国人団体も困ったもんだが、日本人高齢者団体も相当に困ったもんだ。