当日、学校を休みギャルソンの本社へ。
奇抜な格好だったため、
電車の中で周りの人からジロジロ見られた。
笑われて、指を刺されて。
通りすがりの老人にも、
「男がスカートみたいなものを履いて気持ちが悪い」みたいな事を言われた。
そこで、ある人の事を思い出した。
ピンクのランドセルを背負ってきた
小学生時代の同級生の事だった。
彼女は自分の意思を、子供ながらにもっていた。
そのせいで、彼女はいじめられ孤立していた。
つらかっただろう、まだ子供なのに
ピンクのランドセルを使っているというだけで
社会からのけ者にされている。
罵詈雑言を浴び去られ、人格を否定されていた。
涙を流していた。
子供らしい子供だった自分には、それが何なのか良く理解できず
彼女を弁護する気持にもなれなかった。
彼女が悪いのか、どうか。
正直解らなかった。
かといって軽蔑のまなざしを向けるわけでもなく、
他人や社会の怖さをまじまじと見せつけられ、
そして同時に彼女の「強さ」に人としてとても惹かれていた。
彼女は子供ながらにして理解していたのではないか、
人間がそれぞれ個別の生命体として確立した(肉体的にも、精神的にも)独立性を持った瞬間から
背負う呪縛(個性)というものの本質を。
誰もがそれに目をつぶり、逃げ出し、放棄し、
それをつかんだ人間をさげすむのに、
一度その意味を理解してしまうと
周りの醜悪な雑音などどうでもよくなってしまう。
彼女もそうだったに違いない。
川久保玲もピンクのランドセルを心に背負っているに違いない。