『今夜も落語で眠りたい』中野翠(文春新書)
中野翠と言えば森茉莉全集の付録月報で、世田谷の茉莉のアパルトマンを訪ねたおり、
話が止まらない茉莉がいきなり、
銭形平次の時間だから。
と勝手に話はこれでおしまい、と切った上に銭形平次に集中しはじめ、ぽかんとしつつも、
おかしがっている、そのエピソードを覚えている。
私も15歳から森茉莉ファンなので、中野翠の書くもののなかに森茉莉的なものを嗅ぎつけてしまう。
29歳と11ヶ月で親もとを離れ、貧相なアパートでひとり暮らしをはじめたとき、
森茉莉の「贅沢貧乏」があたまにあったのは確かだ。
ってそれは本書には出てこないのですが、
ずっと40歳から歳を取らない感じの中野翠が50代に雑誌に書いた落語への愛をまとめた本書は中野翠が60歳の歳に出されている。
しかし60歳の感じはあまりせず、50歳近いこちらと言い勝負の軽さ。
落語のおもしろさを平等に客観的に語る気はなく、
私的な好きを自身の思い出を織り交ぜつつ書いてしまう。
それは「どっきりチャンネル」(笑)。
気恥ずかしいけれど、志ん朝の大須演芸場での三夜連続独演会に名古屋まで通い、
大須演芸場からホテルに向う道には金木犀の匂いが濃かった、
というあたりの愛すべきナルシシズム、
森茉莉だなあと思う。
私は落語は高座で聞かないとわからないので、オススメCDも読み飛ばしたのだけれど、
これすき!となったらバランスを崩しても語る中野翠のオススメの、
「居残り佐平次」が見たい。
たまたまだが、あさってお芝居を盛岡劇場で見る予定の、風間杜夫の「居残り佐平次」とおなじ役をやったフランキー堺の「幕末太陽傳」、
見比べたいなあと。
中野翠のエッセイはけっこう読んできたけれど、おしゃれや映画についての本より、
この落語について描かれた本の私的な感じが好ましい気がした…ってわたしよりだいぶ上なんだよなあ。
歳を取らない文章なんだなたぶん。
ではでは☆
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