「佐野洋子追悼特集」は、朝ランの帰り道で拾った本の束の一冊です。
いちばん上になってたね。
出した人も、できれば心ある人(この場合私だ)に拾われてくれよと佐野洋子を上にした、、、、って考えすぎだろ。
ちなみに「シズコさん」も漏れなくついてきてお得だった。
げんちゃん、
というのが佐野洋子さんの息子さんの名前だということはエッセイで知っていた。
息子さんが5歳のころ、遊びにきたふたりの女の子のうち、みんなのアイドルの可愛い女の子と仲良くするげんちゃんと、
佐野さんに、
「げんちゃん、◯◯ちゃんがすきみたい。でもいいの」
と自分がすきなげんちゃんの心が自分にないとわかっていても、げんちゃんがすきなもうひとりの女の子。
げんちゃんがその後、ぐれて佐野さんを泣かせたこともエッセイで読んでいて、財布の金を掴んでバイクを買ったりしたんだったな、でもその荒れた時期をすぎたら大人になったんだよな、
と思って彼が佐野さんの絵本の絵を描いていた広瀬弦だとはしらなかった。
その広瀬弦と谷川俊太郎の対談は佐野洋子被害者の会風になっていて笑った。
佐野洋子と谷川俊太郎の共同作品であった詩画集では、佐野洋子に詩のダメ出しをされたという谷川俊太郎。
ひ、ひどい。
あまりのことに吹き出さずにいられないが、佐野洋子の本質は批評家だった、
と見抜いている谷川俊太郎であった。でもなんで別れることになったのかわからないらしい。
広瀬弦はそうそう、あのひとってそういう人、と相槌を打つ雰囲気で、
不思議な関係なのだった。
さて、広瀬弦さんは
「シズコさん」についても、さすが息子ならではの視点で、
親戚からいろいろ言われて大変だった、必ずしも全部がほんとうではないし、大げさなひとだった、
とクール。
息子さんの思春期の反抗について、
私は泣いた、だって財布からお金抜いてくんだもん、
と昔の文庫本の解説にそんな文章があったんですが、
実際どんな反抗かと言えば、
歯を磨かない風呂に入らない、なのであった。そんなに悩むことだろうか。
弦ちゃんは、「俺は常識はきれえだ」「俺は世間体がきれえだ」で堂々としているのに、佐野洋子はおろおろ、イライラ。
でもあんなに賢い哲学者のような佐野洋子が、
たぶん本心で「世間体というもの」を気にして、
離婚して母子家庭で、仕事にかまけていることに引け目を感じていることに驚いた。
友達にもとうの息子にも、あんたはほかのことはちゃんとしているのに、
子どものこととなるとてんでなっていない見苦しいと指摘されていたようだ。
時代のせいだろうか。
昔は離婚や母子家庭はひたすら隠すものでマイナスなものだったのだろう。
と思っていても、
やはり母子家庭でおなじ年齢の子どもをもつ岸田今日子との対談を読むと、
岸田今日子は子どもに対しても仕事についても男についても岸田今日子だが、
佐野洋子は子どもについてだけ踏み外したようになるのであった。
息子を溺愛していたためだろうか。
「シズコさん」の母親に冷たく突き放された娘(佐野さん)は息子を手放しで溺愛してみようとしただけなのかも。
でも息子さんに言わせれば、本当にただの八つ当たりでイライラしてぶっ叩かれたりしていたらしい。
すごくふつうすぎて笑った。
しかし、それと佐野洋子に対しての尊敬の念というか、あの文章がすきだという気持ちは変わりゃしないのであった。
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