
ボタボッタの雪がふっておりますー。
きょう、11kmも走ったんだー。この雪を。

たかぎなおこさんの「おつかいラン」を真似て、でもトレイルラン用のリュックじゃなくて、息子の合宿リュックなので、
バス停まで焦って走っているひと。
にしか見えなかっただろうな~でもそれでいいのだ。朝のコースならいいけど、街中を走るのは気恥ずかしいもんね。

さて、
この「第29回つくばマラソン」(2009年11月22日)で満面の笑顔でサブ3を達成したのは、
金哲彦さん。

きょう借りてきた「走る意味 命を救うランニング」著者です。
たかぎさんのマラソンの師匠であり、箱根マラソンでも活躍した方です。
じつはこの大会は大腸ガンの手術後3年で、術後初のサブ3でした。
サブ3とはマラソンで、3時間以内のゴールのことです。

つくばマラソンサブ3のことは、「マラソン2年生」のなかにも出てきましたが、
まさかそんなドラマがあったとは。
大腸ガンに気づくまで、手術後の痛みを乗り越えて再び自分の軸足であるランニングの世界で生きようと思ったこと。
なお、個人的にガーーンだったのは、金さんの従兄弟が、
「ぼくは12歳」の岡真史さんだったこと。
十二歳で自殺した従兄弟の岡さんは早熟でいたずらがすきな、都会的な少年だったようです。
子どもの頃から走るのがすきで、誰よりも速かった。
私はまったく逆の子ども時代で、休み時間に運動しましょう、というモデル校になったときには学校に行くのが死ぬほどいやだった。給食と休み時間に読む本だけが心の支えだったのになんてことを。
走るのが速い子は男女とも人気があり、校内リレーのアンカーがわがクラスの男子、というのはやはり運動嫌いの私にとっても誇らしいことだったことはいまでも覚えている。
まったく逆の子ども時代(でも、年齢は私がひとつ上なだけなので、同世代)を過ごしてきたのに、
いま、その金さんの本を読んで、
走ることの喜びや苦しさについて、
わかる!
と思えるのが奇跡のようです。
どんなダメな人生(もちろん私のことだ)でも生きていれば新しい共感が生まれるんだーと思えてうれしかったです。
さあ、あしたも走ってやるぞー。
