ガスがまだ復活してませんでした。
うちのコンロは電気でコントロールされているもんだから、スイッチ入ったあ、音声ガイドキターで早合点したんだな~。
でも運良く灯油ファンヒーターが一台ありましたし、
灯油もわずかですがあるし、
冷蔵庫に電源が入り、レンジが使えれば温かいたべものを口に出来ます。
余震は頻繁にありますが、
いまはいまのことだけ考えていよう。
地震の揺れが激しかったときは、
とりあえず息子を迎えに行けるか~しか思わんかった。
電気がなくてもライターを買えたことを喜び、
5cmくらいの蝋燭があったことに感謝し、
蝋燭の芯がつきればたこ糸で代用し、蝋がなくなれば、
たこ糸とヘアピンを大根にさしてごま油のランプもどきを開発したりして、
(私はサバイバル能力が高いことで有名です)
きのうきょう息子を励ましながら、その場その場をしのいでいました。
暖房がないのでホッカイロをペタペタはり、ありったけを重ね着して、
ホッカイロがあったことと、
家に帰れたことだけを感謝していました。
綺麗事を言っているみたいですが、
私はもっともっときつい状況を体験してきているせいか、
いまに感謝しちゃうですよ。
ラジオの情報でガソリンスタンドに向かったら売り切れゴメンだったりしましたが、
寒風にさらされながら、売り切れを拡声器で告げているひとをみただけで、胸が熱くなる。
誤解を恐れずに書くと、
きのう激しい余震に見舞われたとき、息子を抱き締めながら、
もしいま死んだとしても悔いはないな、と思った。
息子と離れて、どちらかが亡くなったらあとに残されたものがつらいけど、
ふたりそろってなら、思い残すことはないな、と思いました。
楽しい人生でした。
満ち足りていました。
もっとしたいことはあるけれど、
いままでやってこれたことだけで充ち足りました。
神さま、ありがとうございました。
そんなことを心の中でつぶやいていました。
とりようによっては不謹慎に映るかもしれないけれど
なにがあっても、どんな状況でも、
私はいまに感謝して生きていたい。
このブログが誰かを傷つけたら、ごめんなさい。
遺書にならないといいなと思うけど、
もし万が一のことがあったとしても、
菅原は自足してあちらへ転居したと信じてください。
2011 3月12日 22時