ネタバレ注意。
主人公の「僕」はSF作家で、映画がはじまってすぐに
銀行にお金を下ろしに行くんですが、
足取りからしてなんとなくこの人は地に足がついていないな、
と言う感じです。少年のような笑顔で窓口にすすみ、
いきなり火星の宇宙人の話をテラーに。
しかし、テラーも平然と受け答えをして、
にっこりと、
「はい、今月のお小遣い3万円ですね」。
じつはテラーは主人公サクこと牧村朔太郎(眉村卓のもじりですが、
朔太郎といえば萩原朔太郎で「月に吠える」だし、浮世離れした雰囲気の
サクにぴったりの名前だ)の奥さんだったのです。節子さんという名前で、
せっちゃんと呼ばれています。長い黒髪が清楚な横顔をひきたてています。
が、
物語がはじまってわりあいすぐに病魔に侵されていることが判明。
私は映画にいくまえに下調べとかあまりしない方だったので、
眉村卓さんと奥さまの実話をもとにした映画、ということで、
若い二人からはじまってゆっくり進行していくのかなーと思っていましたが、
作家が妻のためにだけ毎日1話ずつ物語を紡いでいくという部分はそのままにして、
サクとせっちゃんは演じる草彅剛さんと竹内結子さんの年齢に近い32歳という設定になっています。
映画パンフレットで映画の感想を眉村さんが、若い日の自分たちががんばっていた姿を
重ね合わせ、当時の暗い気持ちを思い出すことはなかった、と書いているように、
映画を見る前に予想していた、闘病のつらさがダイレクトに迫ってくるという物語ではなく、
SF作家牧村朔太郎とそれを支える妻のユートピアにおじゃまさせてもらって、
その世界に一緒に遊んでいるような映画でした。
もちろん、せっちゃんもしだいに衰えていくのですが、
サクが妻に贈る物語のなかでせっちゃんも登場人物になってあそんだり、
サクの部屋いっぱいのロボットたちもCGのなかで元気に行進したりします。
↓サクがみた夢として紡がれたある日の物語。
アンリ・ルソーの絵にありそうな雰囲気があって
すきな場面でした。
このほかにも家の鍵のキーホルダーも夫婦ともに
ロボットだったり、ふたりが記念撮影をするカメラも
「ロボット」という名前のドイツ製のカメラだったり、
積った雪で玄関先にロボットの雪だるまがいたり、
ほんとうにさりげない場面に至るまで楽しませてくれます。
治療入院や抗がん剤などから、時代は現代なんだろうなあ
と思うのですが、ふたりの住んでいる瓦屋根の平屋で、
柿の樹があったり、庭に洗濯物干し場があったりするところが
なんとも昭和30年代風で、高野文子のマンガみたいでした。
ファッションに無頓着そうなサクは言うまでもありませんが、
せっちゃんもちょっとレトロ風味のコーディネートですし、
とくにレトロというか昭和30年代を思わせるのは
このうちの台所でしょう。
ダイニングキッチンなんですが、壁には細かいタイルがはられ、
サッシではなく木窓の窓辺には緑色がかったちょっと厚手のガラス瓶が
ならべられていて、いくつかには残部僅少気味のパスタがはいっていたりも
するのですが、
その飾り方からして、せっちゃんがガラス瓶がすきで
並べているんだなーと感じられます。
サクの同期のSF作家仲間で路線変更して
いまや超売れっ子の滝沢(谷原章介)さんと
その奥さん。
滝沢はサクに時に厳しいことも言い放ちますが、
おせっかいなところもあるけれど、病室のせっちゃんに、
真っ赤な薔薇の花束をもってお見舞いにきたり、
ほんとうは心の優しいいいひとです。
この映画にはいやなひとはひとりも出てきません。
映画でかっこいい悪党や胸のすくような悪女をみるのは
すきですが、「厭な奴」をみたくないのでこの設定には
いちばん最初にせっちゃんが入院したとき、
廊下の長椅子にかけて小説を書いているサクのまえを、
モップをもった白髪に白いあごひげをたくわえた、痩せて小柄な
掃除夫がとおります。サクの足もとをモップをかけていると、
サクがひょいと足をよけ、そこをモップでこする、
そんな所作だけで、このひとは誰だ?と思わせるものがあったのですが、
セリフはひとつもなく、ふたりのパントマイムみたいな場面で印象に残っています。
この老掃除夫はいつもサクを見守っていて、最後の方でサクが病院の食堂で
いつもぶつぶつ言いながら原稿を書いているので、
入院患者や食堂のおばさん、ナースにまで怪しまれているところへ、
「あのひとは作家なんだって。奥さんのために毎日物語をああして
書いているんだそうだよ」
とサクをかばうのですね。
サクが食堂で頭をかかえて妻へ贈る物語を書いているとき、
みんなが、控えめな言葉とともに、おにぎりやお菓子やサンドイッチや、
たべものを差し入れて、
サクが頭をあげるとそこはお供えの山。微笑みたくなるような場面でした。
また、最後の方で眠りつづけるせっちゃんのために(痛みに耐えながら鎮静剤を拒絶するせっちゃん。
その理由は鎮静剤をつかうと1日中眠っていてサクの物語を聞くことができないからだ、という医師からの
話をきいて、君が起きたら話すから鎮静剤をつかってくれ、というサク。)、ずっと病院にいて消灯の時間になっても
廊下の長いすで小説を書くサクに、ナースがひとつだけ明かりを残すんですが、
その場面が荘厳ですきです。
ただの病院の廊下が教会のミサのようにみえました。
祈りのようにただペンを走らせるサクを、患者や掃除夫たちが遠くからそっと
見守ります。
最後のほうの物語は、最初の方で「これじゃあ小説じゃなくてエッセイよ」と
せっちゃんが指摘したことを思い出させるのですが、
いま眠りつづける妻とそれをなすすべもなく見守っている作家の
いまの気持ちがつづられます。
そんななかに、連続60時間ぶっとおしで戦い続ける
宇宙飛行士の話が出てくるのですね。
そしてついに書かれてしまった、
「最終回」。
手袋を失くしてしまうサクのために毎年編んでいた
手袋ものこして、せっちゃんは逝ってしまったのですが、
通夜のことでざわざわする滝沢や編集者や親族を
一喝して部屋にこもって書きあげたのが、
あちらに行ったせっちゃんにしか読めない原稿でした。
星監督のテレビドラマ「僕シリーズ」は「僕の歩く道」しか
見ていませんでしたが、
ドラマのなかで動物園の園長だった大杉漣さんがせっちゃんの
主治医だったり、
おなじドラマで動物園の飼育係だった小日向文世さんが
サクの物語に登場する蛸の集金人がだったり。
この蛸もちょっとレトロなSFの火星人のイメージですが、
ピンク色でもこもこしていてキュートですよね。パンフレットを見たら、
小日向さんがピンクのつなぎをきて演じていたことがわかり、
(火星人と集金人のひとり二役!)ほおがゆるんでしまいました。
↓で、眉村卓さんの奥さまに贈った物語やそのことを
書いた本は貸し出し中(やっぱりね)だったのですが、
↓サクとせっちゃんが暮すおうちに触発されて
こんな本も借りてきてしまいました(笑)。
リフォーム中の家は台所とお風呂とトイレは平成23年ですが、
ほかは昭和32年ですから…。
砂壁がひそかに気に入っていますし、牧村家のような
ちょっとレトロな使いこまれた木製の箪笥もあります。
いちばん似ているのはダイニングテーブルと椅子のセットかなあ。
なんでもかんでもやっぱり、自分に引き寄せてしまいますね(笑)。
映画をご覧になった方、いらっしゃいますか?