「塀の中の懲りない面々3」 安部譲二 文藝春秋
安部譲二の「塀の中の懲りない面々シリーズ」は安心して読めます。
といったら、反語みたいですがいや本当にそう思います。
一篇一篇がどれをとってもおもしろく、似たようなものや焼きなおしなんか
一切ないんですもん。
というわけで、まだ読んでいなかった「3」を借りてきました。
本のなかのあちこちで安部さんが繰り返しているように、取り上げられるのは
寄せ場にあつまったゴロツキやヤクザ、ならずものたちのなかでもいい方の
エピソードばかりなのかもしれません。
「塀の中がこんなにユーモアにあふれた楽しい世界だと勘違いしないでくださいよ」
という、堅気の私達への警告ともとれます。
塀の中では木工場で働くことが多かった安部さんの前には、つぎつぎと
「懲りない」面々がやってきます。つまり、再犯以上のベテラン懲役たちです。
彼らのもつ一芸のエピソードがすきです。
塀の中でひそかに作られてた花札に、赤と黒の2色(習字でつかう2色しか手に入らないので)で
みごとな絵を描く、彫り物師。
馬が可愛くなってヤクザを辞めた男。その男の親分が、北海道の大きな牧場にいかせて、仔馬の時分から
誰もいないときをみはからって、竹で叩きながらチャルメラを吹いて育てるんだ、という絵図を描いたわけです。
あとはその仔馬が無事そだって中央のレースに出るとなったら、レース直前にチャルメラを吹いて、
本命をたちまち大穴にしてしまう、という寸法だったのですが、
(しかしいろいろツッコミどころのある絵図ではないでしょうか)
馬が可哀そうだ、といって盃を返してしまったんですね。
なんども出たり入ったりで、ひまつぶしに読んだ本で雑学博士になった麻薬密売人。
でも何でも知っている、何を聞いても分かっているというのは、まわりはおもしろくないんですね。
ここは安部さんにぜひやつの鼻をくじくような質問を考えてください、ということで、
安部さんは2日間考えた末に、さすがの「博士犬」(というのが麻薬密売人につけられたあだ名でした)も
答えることができない…のですが、
率直にわかりません、と言って、もし答えを知っているならどうぞ教えてください、と
まっすぐにいう「博士犬」に安部さんは偉大な男の姿をみるのでした。
母親を殴って殺してしまったピアノ弾き、小指のない公認会計士、ほんとうに
よくこれだけのエピソードを蓄えたなあと思うのですが、
まえに何かで安部譲二の文章の魅力は極道だっ男が丁寧な口調で語りかけているというギャップにある、というのを読んで、んー?そうかなあ、と思っていたんですが、
十年くらい考えて思ったのは、丁寧なしゃべり方というより、落語家の噺を聞いているのに似ている、と
いうことです。どうでしょうか。
素直に時系列で描かれるものもありますが、すとん、と落とす話がけっこう多い気がします。
なんか、安部さんの「塀の中の面々シリーズ」を高座にかけたらおもしろいんじゃないか、
と無責任に思ってしまった私です。