その朝がきた。
菅原は、せめて一番乗りだけは心がけていた。
宮本武蔵よりは佐々木小次郎でいこうかなと。
巌流島の決闘、あれはないよなー、とか思っているぞ。
それはともかく。
朝もけっこう早くに、ホテル前に集合。
菅原より早く来ていたのが、たしか、山本卓弥さん。
彼はいつも早いんだ。
次が、泉拓人さん。彼もいつも早い。
白田信幸さん。定刻10分くらい前にいつも。
早すぎないし、遅れることは絶対ない気がする。
高橋実桜さんが現れたのは、いつだっただろう。
彼女も遅刻はしない。
しかし……。
なかなか現れない、誰かを待っている時間に。
まあ、いろいろ今日の食材はなんだろうね、とか、
そんな話をしたりしていたんですが。
唐突に。
「あたし、髪切っちゃおうかなー」
と、高橋さんが、前髪をつまんだかと思うと、
チョキチョキやり出したんである。ゲゲッ。
クリーム色の、地味なカーディガンにグレーっぽいワンピースだったか、
とにかくそんな素朴な少女、というより、小学生みたいな女の子が、
度肝を抜く行動にでるんである。
これはほんの、はじめの一歩、であった。
前髪を切ってご満悦の実桜ちゃん(ここから実桜ちゃんだ)と、
他のオールスターメンバーに、菅原は今日の食材の予想を申し述べた。
「赤飯!じゃないかなー。ほら、テーマが「神」だし、
ロケバスに大きな炊飯器を運ぶところをさっき見たし」
それに三回戦は、ほとんど100%容量勝負。ご飯ものと決まっているしね。
オールスター選手たちは、おおー、確かに、ありかも、と、口々に賛同し、
菅原は得意だった。でも、食材あてで得意になってもなあ。
昨日の二回戦、鶏唐揚げを辛くも勝ちのこった菅原は、この時、
絶望的な状況の中で、できるだけ、陽気にふるまおうと決心していた。
自分が一番弱い選手だということは、自分も周りも分かっている。
そんな中で、自分にできることは、せめて最後まで箸を止めないこと。
いや。
箸が止まったとしても、箸を持っているだけでもいい。
これは、東京予選でアジフライを戦っていたとき、
あの伝説の女王、赤阪尊子さんがのたまっていたことだった。
「箸を止めない、少しでも食べ続けることが大切だけど、
それは箸を持って、食べようとしているだけでもいいんです!」と。
箸を持ち続けていることだけでも、いい。
女王らしい、温かみと、経験に裏打ちされた分析が光る、言葉だった。
(あたしも、箸を絶対持ったまま、試合の最後まであきらめない。
どんなに苦しくても)
悲壮な決意と、メンバー全員を笑わせてやるぞという、裏腹な思い。
これが菅原の真骨頂である。
菅原は、笑いながら刃を喉元にあてる女。もちろん、自分の喉元にだが。
最後に、曽根菜津子さんが現れた。黒いつばの大きな帽子を目深に、
というか、顔が見えないくらい、深くかぶっている。
(バナナでも鶏唐揚げでも、実桜ちゃんに負けて、やっぱりショックだったんだろうか)
そんな他人のことなどより、自分の頭の蠅を追うべきなんじゃないか、菅原よ。
有志さんが、出発まえの心境をインタビューして、選手はバスに乗り込んだ。
曽根さんは今日も、他の選手たちとは違う、前の方の席に一人で座った。
帽子は深くさげたままだった。
他の選手たちは、いつものバス後方へ。
白田さんは最後部の向かって右が指定席だった。
山本さんはその隣。左最後部が泉さん。
菅原は、実桜ちゃんと並んで座り、とりとめのない雑談をしていた。
とはいえ。
やっぱり話題は食べることで、新潟のおにぎりのチャレンジの話は、
この時に聞いたんである。けっこう最後の方になると、店もやすやすと
賞金を払いたくないらしく、おにぎりの型にめいっぱい
ご飯を詰められて往生した、と、そういう話だった。
そして、
これがけっこう伏線になっていたんですなあ。
やがて。
思っていたより相当早く、バスが会場に到着した。
あ。
またここは。
湯島天神。カノッサの屈辱じゃないが、湯島の屈辱であるよ。菅原的に。
さあ。
どうする、ここでまた無惨に負けるのか。
それとも、
それとも。
それとも!!(つづく)。
えと。「深いイイ話」で、御長寿の102歳の方がいいことおっしゃってました。
毎日、いろんな運動を続けていらっしゃるんですが、
「少しズルして毎日続ける」ことが大切と。
ズルのつもりはないけど、少し短めにして、とにかく更新しようと
昨日思いつきましたの。
では、つづきは今夜また。
コメントよろしくお願いします。