三宅智子さんと私 第27回 | 菅原初代オフィシャルブログ「魔女菅原のブログ」

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試合は始まった。


箸で最初、切り分けようとしたのだが、肉の弾力の強さに、

あきらめ、噛み切ることにした。


歯の跡がつくのは、なんだか、不調法な気がしたけれど。


こういう微妙な煩悶は、おそらく、一秒もかかっていない。


次から次へ、考えることはいくらでもあった。


一皿150gだから、一個あたり50gの鶏唐揚げは、一口では

大きすぎる。二口くらいで食べなきゃ。


一皿食べたら、水をすこし飲んで。水を飲まないと、

かえって辛くなりそうな気がする。


地鶏の唐揚げは、旨いのだが、肉自体の脂と

揚げ油が溶けあって、かなりどっしりした食べ応えだった。


だが、和風の味付けで、ご飯に合いそうな醤油味ベース

だったところに、菅原は活路を見出した。


もしかしたら、これだったら。


勝敗は初めから考えていなかった。

ただ、最後まで箸を止めないという目標だけを、

考えていたのだった。


菅原は、お代わり自由と言われたレモンを絞って、

なんとか油を中和する作戦をとった。


(なんで、マヨネーズが出てんのかなあ。よけい、脂っこくなると思うなあ)

菅原は、レースの開始後わりにすぐ、


「たぶん、30分くらいで止まりまあす」と、宣言した。

誰に向かってだ。


菅原は、勝算があってハイペースで食べていたのではなかった。

それこそ、赤阪さんのいうところの、

「やぶれかぶれ」である。


いかりや長介じゃないが、何も持たず、「からっけつ」の菅原には、

突っ走る以外の方法は思いつかなかった。


(さあ、来るぞ)


菅原は、隣の山本さんが自分を追い越すのを、ずっと待っていた。

しかし、15分すぎても、自分がトップのままだった。


10分くらいで追い抜かされると思っていたのだったが。


(なかなか来ないな?)


菅原は知らなかったのだ。

容量勝負の食材と、咀嚼力を試す食材では、ペース配分が違うということを。


たとえば、お茶漬け。

さらさらさら、と、食べられるから、まあ、相当量は行きますよね。


しかしまあ、同じくらい、たとえば8kgの肉を45分で食べられるかって言ったら、

そりゃ無茶でしょ。45分間、フルに食べ続けたとしても、肉の8kgはかなり難しい。


肉は、大差が付きづらい食材なのだった。


やがて。

思っていたより遅く、山本さんが菅原を抜いた。


(やっぱりね)


そして、白田さんが。


(あたりまえじゃない)


そのあと、最下位に転落して、あとは試合が終わるまで、

箸を動かし続けられるかどうか、だけだな。


けれども、

「正司さんが最下位だ」


菅原は、耳を疑った。

なんで? なんでまだ最下位なの?


菅原の予想では、試合の折り返しで抜かれるはずだった。

30分経過したのに、まだ正司さんが遅れているとは。


どういうこと?


訝しがりながら、けれども、自分自身にそんな余裕がないことは、

よく分かっていた。


やっぱり、醤油味はきつい。


菅原は、ふと思いついてマヨネーズを絞ってみた。

「お! 菅原さんがアジ変したぞ!」


それまで、菅原だけがマヨネーズを使っていなかったのだ。

くどくなるだろうと思っていたのだが、


意外にも、マヨネーズは

ほどよい酸味で唐揚げが食べやすくなった。


(レモンだと塩っけをつよく感じる。強い酸味が、甘みを消すんだ。

そうだ、レモンはほんとうは糖分がみかんと同じくらいあるんだ。


強烈な酸味のせいで、糖分を感じられないだけで。

ということは、レモン作戦はしっぱいだったんじゃ…)


そんなことを考えながら、菅原はマヨネーズで起死回生を狙った。

正司さんがじわり、と、近づいてきている。


カメラは、トップ選手ではなく、菅原と正司さんの一騎打ちに焦点をあてている。


菅原の脳裏に、去年の暮れに、正司さんと戦ったラーメン決勝がよぎった。

(負けたくない!)


とうとう、菅原の胸に、闘志が燃え上がった。

ずっと、負けるだろう、負けるだろうと思い続けてきたのは、


ほんとうは、勝ちたかったからだと、思い当たった菅原だった。


勝ちたいからこそ。

勝つことを、頭からすっかり追い払いたかったのだ。


菅原は、もう隣の山本さんが何皿重ねようと気にならなかった。

ひたすら、正司さんとの戦いに神経を集中させていた。


有志さんが、細かに正司さんの様子を伝えてくれる。


きたよ。


とうとうきたよ。

この時をあたしは待っていた。


正司さんと、もう一度死闘を戦いたかった。

そのために、あたしはここまでやってきたんだ。


「お代わり!」睨みつけたのは、正司さんのことじゃなく、

勝負への闘志だった。


正司さんがどんな表情をしているのか、見えない。

だが、苦しい時正司さんは猫背になって、肘をテーブルにつく癖がある。


肘をついている。正司さんも苦しいはずだ。あと、あと少しだけ進めば。

菅原は、もう一個食べようと箸を伸ばした。


その時。

ドンドンドン。

「試合終了!それまで」


最後の一個は、むなしく箸を滑り落ちた。


(負けたな…正司さんのスパートに、一個落としたあたしが

勝てるわけない。でも、よかった来て。戦えて)


1秒後。

「菅原さんの勝ちぃー」


え?

誰が、勝ったって?


あたしが?


菅原は、隣の山本さんの顔を見た。笑顔で菅原の勝利を労っている。

圧倒的な勝利をおさめた自分のことを擱いて、拍手をしているのだ。


(いい人だなあー。大人だなー)

ぼうっとした気持ちのまま、菅原は正司さんが、有志さんにインタビューを受けるさまを

聞いていた。


正司さんが、

「魔女のように、頑張ってください」

と云ったのが、辛うじて聞こえた。


有志さんが、それに対する菅原の答えを待っている。


放映されたものは、わりと、打ち返すような短い間だったけれど。

実際は、かなり長い間、口を噤んでいたのだった。


口を開いたら、泣きだしそうな気がしたのだ。


菅原は、言葉を探していた。

なんて、言えば。


「ありがとう、一緒に戦えて幸せでした」だめだ。


「なんでこんなところで負けるんだあ」それは曽根さんのセリフ。


しかも正司さんが負けたおかげで自分が残ってるんだから、偽善だ。

「また戦おう」もう少し、そうだ、こんな感じで。



「また、かかってこい!」


云いながら、やっぱり泣きそうで上ずってしまった。


誰も気づかなかったのだろうか。


正司さんの顔は、菅原の席からは見えなかった。

彼女がどんな顔をしているのか。


ただ、勝ってうれしい花いちもんめ♪ってな勝利の喜びはなかった。


正司さんが、この旅からいなくなる寂しさと、

目標にしてきた相手を倒したあと、何を目標にすればいいのか分からないという、


喪失感。


胸にぽっかりと大きな穴があいたような気持ちだった。



ロケバスに一番最初に乗り込んだのは、菅原だった。喉が渇く。

お!

菅原は、おやつの時間に出たきり、その存在を黙殺されていた哀れなアイスボックスに

目をとめた。やたっ!


唐揚げのあとの、アイスが舌の脂をさっぱりさせるようだった。

続々バスに帰ってきた選手たちは、子どものようにはしゃいでアイスを取った。


昼間、あれほど冷やかな待遇を受けていたアイスボックスに、群がる選手たち。

みんな、可愛いなーとぼんやり見ながら、オレンジシャーベット味のアイスを

口に運んでいると。


正司さんが、皆よりだいぶ遅れて、ロケバスに入ってきた。


菅原は駈け寄り、これだけは確かめなければ、と、

「本気だった?」

と、訊いた。


脂っこいもので、正司さんが私に負けるのは、ありえないことじゃないか。


ねえ、本気だったのかよ、負けてもいいって、思わなかったか。


あたしに遠慮したんじゃないのか、力を抜いたんじゃないか。


「いやあ、本気だったんよー。前から言ってたじゃない、あたしは菅原さんには

勝てないんだって」


正司さんは、負けたことを悔しがる風ではなく。

たぶん、菅原も、ここで負けていても、悔しいという思いはしなかっただろう。

正司さんと、一騎打ちで戦えたこと。


その幸運に感謝こそすれ、負けて悔しいなど思いはしないのだ。


(でも、勝ったのは、あたしだ)

池田亜紀さん(女王戦5位)、仲山沙織さん(女王戦6位)、そして、

女王戦ファイナリスト、正司優子さん。に、勝ってしまった。


(どうしよう。もう、次で負けるに決まっているのに)

(負けるに決まっているのに、負けたくないって思っている…)


菅原は、この旅の仲間から、自分だけが外されるのが厭になり始めていた。

戦いは毎回、血のにじむような思いで着いて行っている状態だというのに、


番組的には「ご帰宅」することになっていたのだが、山口県から来ている正司さんなので、

その晩は、みんなと同じ、浅草のホテルに泊まることになり、帰りのバスの中では、

アイスを舐めながら、ゆっくり話したのだった。


「ねー、混合戦の方がおもしろいよねー。あたし、女王戦はもういいやって

思うけど、混合戦はまた出たいな」


屈託なく話す正司さんだった。菅原も、そうだよねー、混合戦は面白いよ!

私たちは混合戦に向いている選手だよね。女王戦には合わなかったね。


ホテルまでの帰り道、菅原は正司さんと、とりとめのない話をし、他の選手たちも、

2試合終えた解放感からか、陽気で饒舌だった。


まるで、チームみたいね。そんなことを正司さんと言い合って、笑う。

思えば、一番幸せな瞬間だったかもしれない。


(あしたは、地獄が待っている…) (つづく)




とうとう唐揚げを食べましたわ。

やたっ!


あしたは、何を食べればいいのかしら。

おやつは、出るのかしら。


いろいろありますが、

コメントよろしくお願いします本当にええ。


では、今夜もあなたと☆ 菅原