先に試合が終わった池田さんは、
アジフライの感想を、
「熱くて、口の中が痛いよー」と、顔をしかめながら、
教えてくれた。
そして、そのあと、菅原の耳元に顔をよせ、
「菅原さん、頑張って。いや、頑張らないで」
と、微妙なエールを送ってくれた。
「頑張って、って言わなくても
菅原さんはいつも頑張っちゃうから」
分かってるじゃないか。
そう、いつも、つい、頑張ってしまう、
それが、ザ・菅原だ。
菅原の左隣の男性は、白いノースリーブのシャツで、
どこかナルシストみたいな雰囲気を醸していた。
大きな腕時計を外して、自分の前に置いた。
どうやら、予選常連選手みたいである。
菅原のことは、気にも留めていないようだった。
菅原は、じーっとアジフライをみつめた。
見つめても今更、鮨にならないことが、
切なかった。
とりあえずソースはつけないでおこうと思った。
かわりに、レモンをかけて、酸味で脂っこさを克服する作戦だった。
レモン汁は、陶製の醤油さしに入っていた。
小皿に注いだあと、すかさず補充をスタッフに頼む。
遠慮は無用だ。
菅原はベストをつくすために、妥協しない構えだ。
よしよしよし。
菅原は皿の上によこたわったアジフライに、おたがい、
がんばろねーと、伝えた。気はココロ。
「いただきます!!」30名近い選手の合唱。
考えたら、菅原は地方大会以来、一桁の選手と戦ったことしかなかった。
こんなに大勢の選手の中で闘うのって、どんなんだろう。
思いがけない、強い選手がいるのかもしれない…。
菅原は、とりあえず、一枚目はざっくり、
大きめの一口で食べてみた。
思いのほか、固い。もう少し、噛んでみるか。
菅原は、自分の中で、大、中、小の一口を設定していて、
いつも食べながら、食材に対して最適の一口を探す。
それがカチッと決まれば、スピードも決まる。
スピードが決まれば、
水をどのくらいの頻度で補給するか、
トップスピードの5分、10分、15分、20分、30分、40分、
までに、食べる量の目標も立てられる。
一口。
その設定が菅原のすべてだった。
揚げものが、カリカリあがっているのは、
一番油を吸っている証拠である。
だが、熱さはさほどではなかった。
熱さというと、あのおしるこを思い出して、
ナーバスになる菅原はやや安心した。
よし。このアジフライ、意外にいけるぞ。
そのとおり、試合開始直後からずっと、菅原がトップだった。
しかし、菅原は、すぐに泉さんに追い付かれるだろう、と思っていた。
というより、泉さんのターゲットは山本さんだと知っていた。
私は私。
山口さんの56枚を一枚でも超えられたら。
はたから見れば、泉さんと菅原が張り合っているように見えたかもしれないが、
それぞれが、それぞれのライバルと戦っていたのだった。
30分が経過したころから、次第に菅原は喉が乾いてきた。
たぶん、それは泉さんにさっと抜かれたせいもあるかもしれない。
大食いのレース展開で、精神的に弱い選手は抜かれると崩れるのだ。
菅原は、自分自身の経験でそれを知った。
真に強い選手は、抜かれても、あとで抜き返す。崩れることはない。
水ならいくらでも飲めるのだが、肝心のアジフライが食べにくくなっていた。
アジフライの、魚の匂いが口の中に残っているのが、
辛くなってきたのだった。油っぽさに嫌気がさすのかと思っていたが、
それはあまり感じなかった。
魚は好きな方なのになー。
よく噛んで飲み込もうとしても、魚の肉が繊維のようになって、思いのほか、
飲み込みづらい。
無理をして水で流しこもうとすれば、おそらく、最悪の事態になりそう。
やがて、いつの間にか、あのトレッドヘアーの伊達男、上條さんが後ろから、
さっと追い抜いた。あと5分というところだった。
抜き返すことは、できなくもない気がした。
だが、そう思っただけだった。菅原は、上條さんのあとについて、
アジフライを食べ続けた。
だが、それでも、以前のように止まるということはなく、
少しずつでも、着実に口にいれ進む菅原だった。
そう、なにが変ったかといえば、止まるということがなくなっていたのである。
菅原の地味な戦いの後方では、
泉さんが山本さんの71枚を抜けるか、どうかに
注目が集まっていた。
会場中に、熱気がわいていた。
菅原は後を振り向くことはできなかったが、
中村有志さんの声で、
今、泉さんがとんでもない猛スピードで追い上げていることを知った。
そして。
試合終了。
菅原は53枚。上條さん54枚。
菅原は、あの池田さんを抜き、女性ではトップになっていた。
試合が終わって、ごくごく水を飲んでいた菅原の前に、
酒井さんが立っていた。
菅原は、笑って、頭を軽く下げた。
酒井さんも笑顔だった。
通じたと思った。来てよかったと思った。もういいと思った。
隣の、例の白いランニングシャツの男性は、
途中で、胸を激しく叩き始めたが、
持ち直し、再び食べ始めたのだった。
頑張りましたねー、と、菅原は話しかけた。
と。
「有力選手って、スタッフから食材を教えられるって、
あるんですかね」
というではないか。どういう意味なんだ。
「それはないですよ。教えてやると言われても、断りますよ。
それはプライドの問題ですからね」
てなことを、カッコつけて言ってはみたが、
所詮5位である。
この先の展開はどうなるんだか。
泉さんは、壮絶な追い込みで一位抜けし、
東京第一代表となった。
ということは。
キング山本と二回戦かーい!
そんな、どのみち勝てない勝負なのに、
やはり山本さんと一緒というのは、
がっくりくることだった。
まさか、
キング山本と戦えるなんてうれしー、
などとは死んでも思えない。
相手が誰でも、勝負は勝負。
たとえ、有名選手でも。
会場で女の子たちと話していると、以前、
菅原のプロフィール撮影に盛岡まで来た
ADさんが、
「菅原さん、すごいですね。前より食べらるんじゃないですか」
というのだった。
「まあねー」
「どのくらい、食べられるんですか」
「ご飯なら16合食べましたよ、最高で」
「ええっ。16合ですか」
ADさんの驚く顔がほんとうに楽しいのだった
菅原が大食いをやっていて一番うれしいのが、
この、びっくりした顔かもしれない。
というわけで、菅原はこの時点では16合のご飯を食べられるように
なっていた。
ちなみに、どんな人でも、ご飯だけでは喉をとおりません。
それなりにオカズや汁物だって、水やお茶だって飲みますよー。参考までに。
さらに。
肉5㎏より、ご飯5㎏の方がきついんである。
これは分かる人にしか分からない真実であるが…。
一回戦が終わったあと、男性4名と菅原、
新人の迫田奈々さんと、6月に行われた、
地方大会で新潟で二位だった市村千佳さんは
待機先の喫茶店へ向かった。
二人の女の子は、番組推薦枠になるらしい。
(単純に強い人を出せばいいじゃん。
池田さんの方が食べたのになー)
と、菅原は思った。
ま、あたしは実力で勝負するだけだけどね。
といっても、実力では負けるのが分かっているではないか。
どうする気だ菅原。
男性4人は、全員チョコレートパフェを頼み、
その一角は異様な雰囲気だった。
トレッドの浴衣姿。金髪のツンツン少年が二人。
ごく普通の社会人が一人。
だが、他の三人が三人なので、
普通のはずの山口さんがかえって目立つという、
逆転現象が生じていたのだった。
菅原は、まあ、せっかくだから、記念に、と、
4人の姿を携帯の写真にとった。
ついでに、予選のドクターとして呼ばれていた、
整形美容外科の女性ドクターも。
菅原はおもにドクターと話し、
合間にトロピカル・ハーブティーを飲んでいた。
胃腸をすっきりさせる作用のある、
レモングラスが配合されていて、ひどく好みにあうのだ。
そうこうしているうちに、夕刻。
ロケバスは蒲田へ向かった。
窓から、公園で夏祭りをやっているのが見えた。
ある意味、大食い夏祭りだよなー、いま。
やがて。
「着きましたよー。降りて下さい」
と、言われて降りたら。
「好好(チャオチャオ)」。
みるからに、ギョーザが出るに決まってる外観の店である。
アジフライのあとに、ギョーザだあ?
菅原は、いま、うちなる
星一徹が卓袱台をひっくり返したのを感じた。
うちなる、いかりや長介が
「バカヤロー」と叫んだのを、感じた。
女殺し油地獄。たはは。(つづく)
ご愛読ありがとうございます。おかげで十八回まできました。
お気軽にご感想いただけたら、うれしいなっ。
では、シーユーネクストアゲーン。
菅原でした。