その日は、雨が降っていた。
六月である。
季節はいつの間にか、春から夏へと移っていた。
菅原は、水色のビニール傘をさしていった。
去年フリーマーケットで買った、白いスモック風ブラウスと、
紺色のパンツ。70kg近い体重の時に買ったものなので、
現在59kgの菅原には、かなりゆるい。
(まあ、帰りはベルトを抜けばいいんだもんねー)
と、菅原はこのコーディネートで行くことにしたんである。
「腹ぺこ乙女」を実際見たことのない菅原だったが、
レストランに行くわけだし、と、一応、それなりの格好をしてみたわけである。
ちなみに、ブラウスは500円であった。どこがそれなりじゃ。
さて、オニオンである。
閑静な住宅街の、わりに奥まったところにあって、
控え目な看板が出ている。菅原が到着すると、ワゴン車から、担当ディレクターが
くしゃくしゃの笑顔で迎えてくれた。
電話で何度か打ち合わせはしていたのだが、そのイメージ通りの、気さくで
陽気な男という印象だった。
店主はすでに菅原のことを聞いていたようで、花巻の全日本わんこそば大会で優勝した方?
すごいねー、などと話しかけ、以前に三キロを完食した女性の話をしてくれた。
「やっぱりあなたみたいに、背が高くてねー。淡々と食べて行ったなあ。
お子さんと旦那さんと見えて、奥さんだけ三キロ頼んでね」
菅原は、『レベッカ』ではないが、三キロを先に食べた女性の影がスーッと通り過ぎるのを感じた。
「あなただったら、四キロもいけるんじゃない?」
冗談っぽい言い方だったが、その気になりやすい菅原は、うーん、そうだなー、
なかなか来られないお店だし、と、一瞬、じゃ、四キロにチャレンジします、と、
言いそうになった。
しかし、ディレクターが、いやいや、撮影時間もありますし、
うちの番組は、楽しく美味しく食べるのが、ポリシーでして、というのだった。
そう、「腹ぺこ乙女」を貫くポリシーは、楽しく美味しく。
テレビ東京の「大食い王決定戦」とは、対極にある、というと極端だが、
うちは違うんだもんね、という意地が感じられる番組であった。
巨大なボウルの中で、ひき肉が白っぽくなるまで練られている。
オーブンではなく、フライパンで焼くのだという。
やがて、ジュウジュウ音をたてて、鉄製のステーキ皿の上に、
どんな神業なんだと思うほどのバランス感覚で、
三つ積み上げられた三重塔ハンバーグが姿をあらわした。
しずしずと運んでくる、店主の顔は、ハンバーグから上がっている
湯気でよりいっそう温和に見える。
あー、おいしそう。
早く食べたい、そう思う菅原だったが。
カメラが納得のいく構図が決まるまで、けっこう待たされた。
そう、菅原が困惑したのは、
自分の食べやすさより、テレビ的な映りや、カメラの都合が優先されることだった。
いつもなら、自分が取りやすいように配置する、コップやおしぼり、サラダの小鉢や、
スープカップなども、カメラの写しやすい位置をキープするように、というのだった。
中でも、ええーっ、と不満の声をあげそうになったのは、
三つ積み上げられたハンバーグを、そのままの状態で食べて、
というものだった。
ふわっと柔らかなハンバーグを、ハンバーグの上で切り分けるのである。
不安定で食べにくい。
ずずっと落っこちそうになるハンバーグを左手のスプーンで抑えつけながら、
右手のフォークで扇型の塊を口に運ぶ。
しかも、食べている間中、女性アナウンサーが話しかけてくるのだ。
大食いに主眼をおいた番組ではないから、楽しい雰囲気を作るためだろう。
だが。
菅原はまだ、それほどの容量がなかったため、ハッキリ言って、
大・迷・惑♪(BY 奥田民生)
であった。あー言っちゃったよ。
「腹ぺこ乙女」のスタッフの方、見ていたら怒るだろうなあ。
でもそれは、ひとえに菅原のキャパシティの問題なんである。
キャパの増えた現在の菅原なら、談笑を楽しみながら、
おそらく、20分を切って完食できるだろう。
そう。
このチャレンジは、あと一口というところで、失敗に終わったのだった。
敗因はいろいろある。
ご飯のおかわり自由だったため、自分の容量が分かっていなかった菅原は、
「白いご飯はデザートですよ」
とかいい気な発言を繰り返し、パカパカお代わりをしたのであった。
肉気というか、ひき肉の脂っこさに音をあげて、ご飯に逃げていたのである。
二キロまでは、ほんとうに美味しく、ふんわりとしてスパイスの香りのゆたかな
菅原の好みにぴったりこんのハンバーグだったのである。
家庭的でありながら、レストランの技がピリッと効いている。
菅原は、主人に敬服しつつ、口に運んでいたのだった。
だが、あと一口、重量にして50gくらいの塊が、どうしても口に出来ない。
菅原は、この一口が命取りになることを、本能的に察知していた。
ディレクターは、番組のテーマである、楽しく美味しく、に反してまで、
その一口を無理やり食べて、とは言わなかった。
撤収の間も、スタッフやアナウンサーは、それがプロだからか、
誰も菅原を責めなかった。
だが、菅原は自分の力を正確に把握していなかったことが、
ひどく恥ずかしかった。
身の程知らず。そんな言葉が耳の奥でぶんぶん鳴っている。
できると請け負った仕事が、できなかったのである。
それは、社会人として、もっとも恥ずべきことではないだろうか。
結局、一週間後の水曜日に、今度は二キロでやることになり、
それはあっけないほど、たやすく収録できた。
はじめから、二キロで勝負していれば、誰にも迷惑をかけなかったのである。
「またお願いしますね」と、言われたものの、やはり一度失った信用を取り戻すのは、
簡単なことではなくて、菅原に「腹ぺこ乙女」からは、二度と声がかからなかった。
その時は、自分の心の傷にしか目がいっていなかった、自己中心的な菅原だが、
何か月かして、あの「腹ぺこ」のディレクターは、信頼のできる人間だったことに気づく。
まず、「一口」をなかったことにしなかった。
もし、そこで「一口」を食べたことにして撮影をしよう、と、言っていたら。
菅原は即座に断れただろうか。
そしてそのことは、おそらく菅原を腐食させていったのではないだろうか。
「楽しく美味しく」には、あまりお役に立てない菅原であったが、「腹ぺこ」ディレクター氏には、
いつか借りを返したいと思ったのであった。だが、菅原がディレクター氏から電話を再びもらうのは、
翌年のことであった……。
虚栄心のつよい菅原は、三宅さんには、
「とても美味しかったけれど、三キロまであと一口だった」
と、メールした。ほんとうのことを書くなら、
「身の程知らずだったために、成功できなかった」
だろう。
だが、大食い選手として成長をするうちに、
菅原の虚栄も、韜晦も、影をひそめていく。
胃袋の成長とともに、人間的にも大きく変わっていくのである。
今回のチャレンジは、たしかに菅原をうなだれさせた。
だが、蹲ったあと、人は大きく跳躍するのだ。
次はいよいよ、大食い王決定戦、夏の東京予選に挑む菅原の話である。
オニオンのチャレンジに敗れたあと、菅原が見出した光とは?
春の女王戦のリベンジはどうなるのか? そして、いよいよ登場する
大食い界のスターたち!!
「三宅智子さんと私」今後もどうぞ応援よろしく。
…って、この煽り、今日のイベントのMCの影響でしょうか。
お返事はできなくても、コメントはすべて読んでいますよー。
このよみものをがんばって更新することが、お返事です。
我儘で申し訳ないが、ひとつよろしくー。
なお、わたくし、東京女子マラソンには出てませんよー。
でも、最近日刈あがたさんの『ゆっくり東京女子マラソン』を、
読んだところでした。シンクロっすか。