腐ったミカンの方程式 | 不登校その後、今は大学生

不登校その後、今は大学生

中学の頃から五月雨登校。
高校も転校できないまま何度も危機を乗り越えてギリギリ卒業。一浪の末に大学生になった子供の話です。
過去を振り返って書いています。共感してもらえるといいなと願いながら・・・

タイトルに反応したあなたは
きっと同年代ですねニヤニヤ


みかんが腐ってる?なにそれ?と思った方。
これは単なるババアの回顧録。軽く読み飛ばして下さい。
気になる方はググって下さい。



私の学生時代の不良は1人残らず、
いわゆる「ツッパリ」というやつでした。
私の周りでは「ヤンキー」と言ってました。
暴走族も多い時代でした。


中学時代は金八先生の「腐ったミカンの方程式」で加藤くんと松浦くんをブラウン管越しに応援し

高校時代は横浜銀蝿サングラス
  特に好きでもありません

あ、不良少女と呼ばれて手裏剣
  とかもありました 滝汗 毎週見てました


そんな中で育ちました。  夜露死苦!


ま、とにかく、あの時代の不良は見た目でわかりやすいものでしたよね。


でも、今って一見わかりにくくないですか?
見た目も割とフツーの子と同じだし。
て言うか、不良と言うワード自体が懐かしい今、
何とお呼びするのが正解なの?


当時は家庭用テレビゲームも存在せず、ゲームをしたきゃゲームセンターに行かないと出来ませんでした。
どんなに田舎でもゲーセンはありましたし、結構賑わってませんでした?


私の街も田舎でしたがゲーセンは何軒もあり
軽い所からディープな所まで
なんだか表現が難しいけど、伝わりますか?
どこもそれなりに流行っていました。


なので、

不良を取り締まる=ゲーセン夜回り

な感じで、先生は大変だったでしょうけど、ある意味単純明快だったのでは?と思ってしまいます。
尋ね人も探しやすかったのでは?


でも今は、タムロする場所も共通ではなく、それぞれだったりしませんか?
この辺りの中学生ならせいぜい誰かの家だったり、コンビニ前だったり、フードコートだったり、公共スペースだったり。
ちょい不良感に欠ける・・とか思っていました。滝汗
都会の子供達はまた全然違うのでしょうけど



中2の頃、息子が仲良くしていた子達はそんな子達でした。
30数年前なら確実にヤンキーだったはず。


毎日遊びに出かけてどこへ行っているのか、とにかく家に戻ってこない。
なので、その頃私は、

夜、家にいないので朝起きられない事と、クラスで浮いている事により周りとの軋轢があって学校に足が向かなくなったのだ

と思っていました。


息子の不登校の歴史6年弱のうち、
最初の2年程度はそんな悩みでした。

後半の4年弱は180度違って、家から出ない方の悩みになって行ったのですが。


今後、少しずつ紐解いていきます。


読んでいただきありがとうございました。
では、また


愛羅武勇ラブラブ爆笑