中2のはじめ頃の個別塾 | 不登校その後、今は大学生

不登校その後、今は大学生

中学の頃から五月雨登校。
高校も転校できないまま何度も危機を乗り越えてギリギリ卒業。一浪の末に大学生になった子供の話です。
過去を振り返って書いています。共感してもらえるといいなと願いながら・・・

上の子が通っていた大手進学塾に小6から通っていた息子。
中1の3学期にクビになってしまいました。


それまでも周りについていけなくて一番下のクラスにいたのですが、
一番下のクラスの中でも下位集団にいた息子は、日が経つにつれ、さらに1人だけ取り残されて行きました。
模試の成績はダントツ最下位。
中1の3学期に入った頃、塾の先生から系列の個別塾と併用するように言われました。


おそらく、
塾の先生方も困っていたんでしょうね。
優秀でそこそこやる気のある子が集まる塾だったので、ここまで勉強が出来ない子をどう扱っていいのか分からなかったんだと思います。


さすがに、集団と個別を併用するには金銭的に無理なので、集団塾の方を退会して個別の方に移りました。

それが、中1の2月ごろのことです。


個別に移って、男子大学生が担当講師になってくれました。
説明がわかりやすいという事で、ほんの少しだけ理解していっているように思えました。


が、それもその時だけ。
長くは続きませんでした。


個別授業なので、欠席時は事前に連絡した時だけ振替がききます。


春休みまでは遊びに行っていても塾の時間になると自転車で塾へと向かっていたようです。

しかし、中2になって
遊びに行ったらそのまま塾に行かない事が増えてきました。
しかもなんの連絡も入れないものですから、塾の先生から


まだ来てませんが


と連絡が入るようになりました。
そしてその回は授業料をドブに捨てる事になります。


その度に息子が帰ってくるなり
私は息子を罵りました。
そして、息子はだんまりを決め込み、
私が1時間でも2時間でも罵倒し続け。
過去のことまでほじくり返してはあーだこーだと息子の悪いところを羅列し、怒鳴りました。


そして最終的には


次からは気をつける。
休まないようにするわ


と、息子から反省の言葉を引き出し、
それを約束したんだと思い、
納得して終了していました。



今、考えると何の意味もない。
そんなの約束でも何でもない。


うるさいババアの小言が終わるなら、なんでもいいと思っていたんだろうなと思います。


マシンガントークを強制終了させる魔法の言葉こそが


反省してます。
以後気をつけます。



だったんですね。
そんな簡単な事に気づいたのはずいぶん後のことです。