中学校のレベル | 不登校その後、今は大学生

不登校その後、今は大学生

中学の頃から五月雨登校。
高校も転校できないまま何度も危機を乗り越えてギリギリ卒業。一浪の末に大学生になった子供の話です。
過去を振り返って書いています。共感してもらえるといいなと願いながら・・・

我が家の子供達が通っていた中学校は、
近隣の中学校に比べてレベルが高いと言われている。


公立の中学なので、本来ならレベルもへったくれもないはずだけど、
実際には、なぜか優秀な層が厚かった。


例えば、小6や中3で全国的な学力調査のテストがありますよね?
それと同じように大阪ではチャレンジテストなるものがあって(他府県でもあるんですか?)、それが当時は高校受験の際、判断基準になっていたのです。


今もそうなのかどうかは知りませんが。


毎年そのテストの結果が、
ウチの中学だけ、同市内及び隣接市の各中学と比べると、ダントツに平均点が高いと言われていました。


なぜなのかは分かりません。
単に教育熱心なご家庭が多かったからかもしれません。


当時、大阪府では成績表は全国でも珍しい相対評価方式で、学年に優秀な生徒が一定数いると、いくら頑張っても絶対に5は取れないような仕組みになっていました。
そして逆に考えると、それは、1を付けられる子が必ず一定数いると言うことでした。



我が家では上の子がその「5」争いに敗れる「4」の人、
息子が「1」が付くのを逃れられるか否かの微妙な人でした。


上の子の個人懇談で「これは限りなく5に近い4です」と何度となく言われましたが、


限りなく近くても、結局4は4ですもんね。



と、話がとっ散らかってきましたが、
とにかく優秀な子供が多い中学だったので、息子の小さい頃のサッカー仲間も優秀な子だらけでした。


つづく