裁(い)くぞ…!
 そう告げられ、俺は不安と緊張でガチガチに固まった右足を前へ押し出した。

 一つだけ明かりがついている教室に、そこにどんなライダーが居るのか、なんて余計な事を考える余裕は当然、俺には無い。
 とにかく、ひたすら前へ、前へ。

 気が付けばもう、閉め切られた扉に正方形の真っ黒な穴を開ける窓から容易に想像出来る、真っ暗闇の昇降口の前に来ていた。
 秋人さんが立ち止まり、続いて俺も立ち止まる。
 校舎の上方を指さし、秋人さんが指示を出す。

 「弥人は一度、屋上で待機。
 オレが合図したら、中に入ってこい。」

 「屋上で待機、って、秋人さん当たり前のように言ってるけど、俺こんなに高い壁登ったこと無いんですけど…?」

この校舎は五階立てで、一つのフロアだけで約三メートル、つまり、屋上まで十五メートル程もあるのだ。
 秋人さん曰わく、“息継ぎ”すれば大した高さじゃ無いと言うが、中間である三階部分でそれをしても残り七メートルはあるのだ。十分に高い。
 ちなみに“息継ぎ”とは、はじめから一気に天辺を目指すのでは無く、途中の安定した場所で体制を整えてから天辺を目指す方法を言う。

 幸い、校舎のすぐ裏には倉庫を挟んで体育館が隣接している。
 校舎の三階の窓から見て、屋根は大きな三角形が延びた形になっている。
 一番低い所、つまり三角形の底辺部分は地上から四メートル、その天辺、頂点部分は地上から十メートルもある。
 屋根の頂点部分からなら、実際に登る高さは約五メートル、これなら俺にもなんとか登れる。

 早くしろ、と、秋人さんに急かされながら、体育館の屋根上に向けて校舎の壁を登る。

 助走をつけ、壁に向けて走り出す。
 壁の少し手前でジャンプ、ホイールが壁に当たると同時に“吸い付く”。
 この仕組みがあるから、ATで垂直な壁を登ることができるし、高速で走っても体が浮いたりしない。
 慣性の法則によるものらしいが、詳しくは分からない。(コミック参照)

 壁に着くと直ぐに、助走で作ったスピードを体を半回転させ上へ向け、そのスピードと体の回転を使い遠心力で壁を駆け上がる。

 【Ride on Woll, Rool 540】
 スピードを上へ向ける半回転、更に遠心力をつける一回転で壁を駆け上がる、数あるウォールライドの一種の基本形とも言えるトリック。
 何事も基本が大切だとよく言うが、正にその通りだ。
 上級者になると、回転数を増やし更に高く駆け上がると言う…。
 俺は一回転が精一杯だ…。

 このトリックで俺は体育館の屋根へ、そして屋上へと駆け上がり、そこで秋人さんの合図を待つ。

 ウォールライドをする際、ホイールのエンジン音が敵に聞こえないかヒヤヒヤしたけど、すぐ下の明かりがついている教室にいる彼らにはどうやら聞こえてないようだ。
 完全に静まり返っている。

 下を覗けば秋人さんがこっちを見上げている。
 秋人さんがこっちを指差した。恐らく、今からこっちへ行くという合図だろうか、そう思い顔を引っ込める。

 壁を駆るモーター音が聞こえる。
 しかし、モーター音が消えてしばらくしても、秋人さんは屋上に現れない。

 今夜は風が強い。
 声にならない呻きをあげながら、風は足早に駆けて行く。
 少し乱暴とさえ思える程の強風を全身に受けながら、秋人さんからの合図を待つ。

 …。

 ……。

 ………。

 「弥人!!!」
 突然、真下の教室から秋人さんの俺を呼ぶ怒声にも似た大声が響いた。
 思わず体が跳ねる。

 「はっ、はいぃ!!」

 大急ぎで壁伝いに教室へ行く。





 いつも通りにアジトの教室に入り、明かりを点ける。
 何ら変わりない、いつもと同じ教室。

 彼等はいつも通りに配下に収めた学校での悪行三昧を言い合い、からかい、冗談に罵り合い、嗤い合うつもりでいた。

 そんな彼等の日常を、それは静かに、一瞬で爆壊した。

 黒板一杯に大きくスプレーで書かれた彼等の【誇り/チームエンブレム】
 その上に貼られた裁断者―ジャッジメントのエンブレムステッカー。

 それが告げるのは、死。

 彼等はただ、それを見ているのが精一杯だった。

 どれ位の時間が経ったのか見当もつかない。
 気が付けばAT独特のエンジン音、地面とホイールとの接地音が聞こえてくる。
 最初は小さかったそれらの音は、段々とその大きさを増し、遂に、その足音の主は自分達の前に現れた。

 紅き衣にその漆黒の身を包みし少年は、見た目年は自分達と同じくらい。

 違うのは、全身に満ち溢れた自信。
 それから知り得る絶対的な力、圧倒的なまでの実力差。

 ―奴は…、

 初めから知っていた訳ではない。
 しかし、その姿から、そのチーム名から、そのエンブレムから、思い当たるライダーは一人だけ。

 王や帝の名を調べることは簡単だ。
 インターネットを使って検索すれば、嘘か本当かはさて置いて、いくらでも情報は出てくる。
 だから、殆どのライダー達は“中途半端な”知識を持っている。
 そして世の中に定着したのが、【十六王帝】説だ。

 彼等はそれらから得た情報を元に、今、窓に腰掛け、月の逆光でその輪郭が紅く燃え上がっているライダーを特定した。

 ―間違いない。

 奴はこれまでに百以上のチームを、“たった一人”で“壊滅”させた、現存する暴風族の中で、“最凶”のストームライダー。

 【煉帝・紅渦】

 その名の通り、【クレナイノワザワイ】を連れてくる者。
 いや、禍そのもの。

 ―悪魔だ…!

 それ(死)が、自分達の目の前に、現れた。





 壁伝いに滑り、窓のサッシに足を引っ掛け窓から真下の教室に入る。
 すると、もう中の状況は交戦状態のように入り乱れた黒マントの集団と、その中を縫うように紅く燃える影が炎を引いて“瞬いて”いる。
 もはや、その姿を捉えることは出来ず、紅き炎の閃光が黒いビーズを紅い糸に通すが如く、室内を走り回る黒マント一人一人を“爆裂”させている。

 …この炎って、あの時の…。

 今紅き影に追い立てられている黒マントが、以前屋上で庵藤を取り囲んでいた奴等だと気付くより先に、炎の影と化している秋人さんの走りに目を奪われた。

 「コラ、弥人!突っ立ってんじゃねぇ、走れ!」

 秋人さんの声で、ふと我に返り走り出す。
 紅い影を追って。





 弥人を屋上に待機させ、ターゲットの居る教室を見上げる。
 宣戦布告を意味するステッカーの上貼りは、日がでている間にやっておいた。
 今頃、奴等は慌てふためいているだろう。

 一息深呼吸をして、集中する。
 今回は弥人がいるから、いつも通りじゃあいつが危ない。
 細心の注意を。

 そう自分に言い聞かせ助走一歩、次の瞬間には空を飛んで校舎を縦に走るパイプの三階と四階の間部分に着地し、そのパイプ伝いに教室へ向けて駆け上がる。
 そして、全開されていた窓の一つに腰掛け、裁断者の到来を告げる“詩”を彼等に送る。

 ―月より授かりし翼は、陽に灼かれ地に墜ちる―

 「チーム、デッド・クロス…。
 汝等の翼は、陽に灼かれた。
 裁断者―ジャッジメントの名を以て、汝等を地へ墜とす。」

 そう告げて、一番奥にいた黒マント一人の前に瞬時に移動し、首にATのホイールとホイールの間を押し当て、向こう側の壁に首吊り状態のように叩きつける。
 間合いを詰めるのも、黒マントの一人を向こう側の壁に激突させるのも、すべてが一瞬でその跡は紅く燃え上がり、一直線の炎の波を描き、首に押し当てられた後輪からはうっすらと白煙が上がっている。

 「…まずは、一人目…!」
 (俺の攻撃をまともに受けたんだ、正気で居られるわけがない。)
 案の定、この一撃だけで気絶した。

 これを見てようやく他の奴等は正気を取り戻したようだ。
 さっきまでただ呆けて突っ立っていただけだった奴等が、彼等本来の“表情”を浮かべて蠢きだした。

 その黒いフードの奥に隠している素顔。
 奴等が“死神”たる所以。

 敵に対しての全くの無慈悲、嘲笑のみを浮かべる口元、敵の血風だけ映し出す眼光、欲するのは敵の屍。

 死神達が纏っている冷血な雰囲気で、室内がみるみる冷え切っていく感覚を覚える。

 (…こっからが、本番。
 さて、そろそろ主役を入れるか。)

 「弥人!!!」

 この一言をきっかけに、奴等が襲い来る。

 (弥人、よく見ておけよ。
 これは、お前が後に歩む道だ。)

 “俺みたいな奴”が、この世界から居なくなるように―
 そう願う秋人に、死神がその冷ややかな牙を向く。





 とりあえず、秋人さんについて行こうと奮闘するけど…
 「は、早っ!?追いつけな…!」

 炎の線を引いて走る秋人さんは、襲い来る黒マントの奴等を避けながら俺のスピードに合わせようとしてくれているようだ。
 スピードだって、さっきとは段違いに遅い。

 でも、それでも追いつけない。追い付いていけない。

 教室の中だから、机や椅子などいろいろあって普段より格段に走りにくいが、それは秋人さんも、黒マントさえも同じ条件だ。
 だけど、秋人さんも、黒マントだってそれらを気にせず、いや、それらさえ利用し自分の道としている。

 けど、俺は?
 秋人さんどころか、黒マントの動きにさえついて行けない。
 全く自分の走りが出来ない。

 俺に合わせて走ってるせいで、秋人さんは黒マントに絶え間なくあらゆる攻撃を多方向から仕掛けられ、それをギリギリでかわして走っている。
 さっきまで燃え上がっていた炎も、今ではすっかり消え、教室は本来の顔、黒マント達のホームグラウンドとなり、黒マントの思うがままとなっている。
 正に、絶対絶命とはこの事を言うのだろう。
 どれも全て、不甲斐ない俺のせいだ。

 ―とてつもなく、逃げ出したくなった。―

 こんな自分がいても、何の役にも立たない。ただの足手纏いなら、いっそいない方がよっぽどマシだ。

 負の感情が、負の考えを連想させ暗きに落ちる悪循環に陥っている俺に、秋人さんの背中から有り得ない言葉が出た。

 「弥人、俺の前を走れ。お前の“道”が見たい。」

 「は、?な、何を、言って…?」

 あまりに突拍子な発言に、正確な受け答えが出来なかった。
 困惑する俺に、秋人さんは静かに、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。
 その言葉には、少しだけ不安の色が合ったが、でもそれ以上に満ち溢れた確信があった。
 その声色には、普段の厳しさは微塵もなく優しささえ感じられた。

 「お前なら、出来るよ。
 俺には、正直お前にどんな才能が眠ってるのか知らないけど、あの“雷公”がそれを保証してる。
 お前が、その内に秘めた才能は、きっとお前にとって最大の武器になるだろう。

 …蹴散らしてこい、弥人。」

 そう言って、秋人さんは後ろに軽く跳び、俺の後ろについて、俺の背中を追うようにまた走り出した。

 『俺の中の才能』?
 そんなものが、本当にあるのか?
 こんな俺にも、役に立てる力があるのか?

 力が欲しい―

 自分一人で走れるだけの力が―



⇒No.8
俺とお前は違うから、きっと同じ道は走れないんだろう。

俺とお前は違うから、俺はお前の、お前は俺の代わりにはならないんだろう。

俺はお前じゃないから、お前に起きたことなんて興味ない。
お前も俺に起きたことなんて興味ないだろう?

お互い、全く違う人間だから、他人だから。

決して、他と交わることは無いんだろう。
人間というモノは。

 間違ってるかな、俺?





「さて、“彼”は嵐帝と成りえるのか。“先”が、楽しみだ。」

そう言い残して、風の王―不二維 巧汰は欠けた月が照らす夜の風にかき消えた。

風は静かに流れている。

「オレは…。」

枯れ木の枝々が風を斬る。

「オレは…、【煉帝・紅渦(コウカ)】だ。」

 紅渦―ワザワイニソマルクレナイ

 一人っきりの月明かりだけの部屋で、俺は、自分の道(運命)を悲観した。

 十一月十八日の夜、月は欠けても尚、夜の国を照らし続ける。
 風は段々にその強さを増して、冬の到来を告げる。

 「“時として風は、予期せぬ来訪者を連れて来る”…か。空が、ざわついている。弥人に、何もなければいいが…。」

 翌日、弥人の学校に黒マントの彼等が来るなど、秋人が知るはずもない。





十一月十九日、俺、結瀬 弥人はクラスメートの庵藤から現在のこの学校の現状を聞かされた。
その内容は、俺にとっても、そして、ストームライダーに憧れていた庵藤にとっても衝撃だった。

 屋上には、俺達二人だけ。庵藤が、震える口を開く。

「弥人、実はな、今この学校はあるストームライダーのチームのエリアなんだ。
奴らは、力に物言わせて好き放題やってる。近隣の学校じゃもう被害が出てる。
だけど、もし逆らったりしたら、容赦なく病院送りだ。
だから弥人、お前もあんまり首を突っ込まない方がいい。
 そして二度と奴らの事を口にしない方がいい。奴らに狙われる。」

何も、感じなかった。
別に、誰かがどうなろうと俺には関係ない。
けど…、

ATを、悪行に使われるのは我慢なら無かった。
静かに、静かに怒りが込み上げてきた。

「だから弥人、奴らに関わるな!」

誰がどうなろうと、俺にとってはどうでもよかった、関係ない、関係ない、そう、関係ないハズだった。

「…だから。」

「?」
庵藤は、聞こえないと一言。

「俺は、大丈夫だから、大丈夫だから。」

誰かの為に、他人の為に、どうにかしたいと、何とかしてやりたいと思った。

 ―俺が忘れていた、自分の欠けた心―

 でもどうしたらいいか、分からなかった。ただ、大丈夫しか言えなかった。

 ―俺には、誰かを支える術など―

俺は、先に教室に戻った。
恐怖に震える庵藤を屋上に残して。





 俺は忘れない。

 この翼で初めて駆け出した時の、あの感動を、あの一体感を、あの羽ばたきを。

 だからこそ、奴らのやってることが許せない。
 ATは、そんなことをするために使うものじゃない。
 翼は、そんなことの為にあるんじゃない。

 教室に向かい真っ直ぐの廊下を突き進む。

 その表情は、怒りに染まっていた。


 夕方の帰り道、赤く燃える陽は、まるで、俺の怒りを現したように、空を赤く焼いていた。


その日、秋人さんに相談しようとしたけど、はぐらかされた。

どうしたらいいか分からなくなった。
ただ、やり場のない怒りだけが空を舞う。





時間は、ただ走り去って行く。
風のように、その速さを変えることも、逆巻くこともせず、無表情に過ぎていく。


黒マントが俺の学校に現れてちょうど一週間。
秋人さんは用事で俺の練習には付き合ってくれなかった。
その間、俺はただひたすらに走った。
走って、跳んで、空を目指して駆け抜いた。
全ては、黒マントを学校から追い出すため。
怒りに身を燃やして、ただひたすらに駆けた。

来たる、決戦の日のために!


翌、二十七日の夜、秋人さんは俺を、俺が通う学校、矢上高等学校の正門前に呼び出してきた。

時刻は十一時。

正門の上に座る秋人さんを見つけ、その前へ行く。

「!…来たか。」

 街灯の淡白い光に照らし出された秋人さんは、いつものようなTシャツにジーンズではなかった。

 体に張り付くようにピッタリとした黒いTシャツの上に、腹部と肩甲骨から下の背中の部分が逆V字型に開き、残った左右は膝くらいまで裾のある長袖の上着を羽織り、黒のズボンを着ている。
 この一風変わったコート(?)のような上着は、秋人さんの持つ『煉帝』の称号を表したように紅く、その胸には燃え上がる炎をイメージした煉帝の誇り(エンブレム)が輝いている。

 「秋人さん。
 なんで、俺の通う学校の前なんですか?」

秋人さんにはまだ今の矢上高校の現状を話していない。何故ここに呼ばれたのか、俺には見当もつかない。

俺が黙っていると、秋人さんから予想外な言葉が出た。

「弥人、今からお前にはATでの“実戦”をしてもらう。」

「じ、実戦!?」

実戦―すなわち戦いだ。
しかし、ATでどうやって闘うのか。
その術を俺は知らないからか、いまいちイメージが湧かない。
苦い顔をする俺に、秋人さんは話を続ける。

「これから、チーム『デッド・クロス』を裁く。
弥人はただ、その場で“実戦”がどんなものかを肌で体感すればいい。
だが、出来るだけオレの動きに付いて来い。いいな。」

“付いて来い”って言ったって、俺はまだ基本がやっとなのに実戦なんて…!
心の内で文句を垂れていると、行くぞ、と、秋人さんから声がかかった。

いつもの練習同様、有無を言わさず、か。

門を軽く飛び越え、俺と秋人さんは、敵が待つ一つだけ明かりがついている教室へ向かう。





支配下に置いた学校を更に増やし、ますます勢い付く死神達に、とうとう裁判官から死の宣告が下された。

山積みにされた髑髏の上に黒い十字架が掲げられた画が、黒板にスプレーで描かれている。
チーム『デッド・クロス』のエンブレムだ。
そのエンブレムの上に貼られた掌大のステッカー。
 交差した金属質の斧と鎚、その上に血を模した朱くかすれた字で書かれた『JUDGEMENT』の文字。

そのチームの終焉を告げる、“裁断者”チーム『ジャッジメント』のエンブレムステッカー。

チームのエンブレムステッカーの上貼りは、そのチームどうしのバトルを意味する。
が、“コレ”の場合は意味が違ってくる。
裁断者―ジャッジメントのエンブレムは“ルール違反者”に下される死刑宣告だ。
そして、それが今、自分達のエンブレムに上貼りされているのだ。
死神達は、ただ、自分達の現実を理解し受け入れるまで呆然と、立ち尽くしている。
自分達が最後の一線を越えてしまったことを、神の逆鱗に触れてしまったことを、ここにきてようやく死神達は思い知る。

その存在は、正に“神”
神の如き力を有し、神のように正体は見えず、神の名を以て違反者に裁きを下す。
その存在は伝聞でのみ伝わり、正体を知る者は数少ない。

巷に出回っている“裁断者”に関する情報は唯一、メンバー全員が“王”であること。


―ゴクリッ
いつもなら、死神達の歓喜がこだまする教室に、息を呑む音が響き渡る。

この教室にいる黒マントを纏った十八人の死神、その全員が黒板を凝視し、緊張に固まる。

「う、ウソだろ…?」

「裁断者―ジャッジメント…!」

「本当に…、い、実在(いた)のか…!」


緊張に硬直している死神達にどこからか、詩が送られてきた。


―月より授かりし翼は、陽に灼かれ地に墜ちる―


恐る恐る、声のする方へ振り向く。
 開いた窓から入る風に当たり、月の逆光によりその輪郭は紅く燃え上がっていた。

 「咎人よ、陽によって、翼は灼かれた。裁断者の名を以て、貴様等を地へ墜とす…!」


誰が見ても一目瞭然、奴は、烈火の王―煉帝・紅渦!



⇒No.7
 キミは、ソコにナニをミた…?

 輝かしい、夢の塊を見つけたかい…?

 それとも、果て無い永遠を眺めたかい…?


 ―ホントウニ…?

 本当に、そんなモノが在ると想うのかい…?

 教えてあげようか…?

 ―自分で確かめに行く…?

 ハハッ!キミじゃムリだよ…!

 キミじゃそこまで届かない…!

 あの、貴きその頂に、キミ如きが届くと思うのかい…?

 誰も、届く訳無いのさ…!

 だから、誰にも分からない…!

 誰にも、理解されない…!

 ソコは常に孤高で、孤独だ。

 誰かの孤独を、人は理解出来ないよ…!





寝不足と抜けきらない疲労を引きずってあれから二週間。
来る日も来る日も、みっちり練習した。
 ラン、ダッシュ、スピン、エア、ウォール・ライド、基本は全て覚えた。
まだ完璧には出来ないけど…。
秋人さんもほぼ毎日、俺の練習を見てくれて、トリックを実際にやって見せてくれる。
やっと出来るようになってきたから、そろそろ庵藤にもATの事教えてやろうかな。

 十一月半ば、いよいよ寒さが厳しくなるこの時期、毎日のようにATの練習する俺とそれに付き合っている秋人さんは、燃えていた。
 俺は体が、秋人さんは心が。
 日頃、冷静沈着な秋人さんだが、この時だけは人が変わった。
 クールな見た目に似合わない超熱血スパルタ、口調はいつも通りなのに出てくる暴言の数々…。
 体力の限界は優に越え、意識まで朦朧としてくる。
 そして、俺は毎日燃え滓になって家に帰る。

 正直、しんどい…。

 ちゃんと寝てるのに、全く疲れがとれない。寝た気がしない。

 溜まった疲れは、体を重くする。
 何倍にも重くなった自分の身体を、なんとか起こして…、
起こし~…って!
学校へ行く支度をする。

一階のリビングのテーブルの上には、ラップに覆われた朝食が、もうすっかり冷めてしまっている。
 一人っきりのリビングに、カチ、コチ、と音が響いている。
 それは、朝の喧騒を忘れさせるようにゆっくりと時を刻む。
 ひっそりと、しかし確かな存在感を漂わせているそのアンティーク調の振り子時計を見ると、既に八時を回っていた。

 「やっべ…!行かなきゃ!」

 きぃ、扉の開く音
 ばたん、扉の閉まる音
 がちゃ、鍵がかかる音

一階のリビングのテーブルの上には、ラップに覆われた朝食が、もうすっかり冷めてしまっている。
 俺はそれに一度だけ、振り向いた、だけど一度も触れることはなかった。
 あれは、俺のじゃない。

 一体誰が?
 誰の為に?

 残った彼等は、ただ、振り子の音を聴いている。

―行ってらっしゃい。





いつものメンツが、
いつも通りの挨拶、
いつも通りのやり取り、
 いつも通りの流れ。
 いつも通りの学校。

 秋晴れした寒空の下、強い北風が吹いている。
 まるで、嵐の様な甲高い空気を切り進む音をたてながら。
 なんとなく、不吉な予感がする…。

 何にも変わらない、世界。
 不変が求められる昼の世界。

 あぁ、退屈だ。

と思ったけど、なんか、みんな様子が変だ。
 どこかよそよそしいと言うか…。
 何かあったか?

 庵藤に聞いてみようと思ったけど、居ないし。
 まぁいいや。
 別に、俺には関係無いから。
 興味もない。
 どうせ、大した事じゃ無いだろ。


昼休み、俺は庵藤を探した。
いつもなら、向こうから絡んできたのに、最近は一緒に弁当すら食べていない。

やっとこさ、屋上で庵藤を見つけた。
「お~い、庵ど…。」

屋上の片隅で黒のマントを被った集団に、庵藤が囲まれている。
直ぐに物影に隠れて、様子をうかがう。
幸い、俺の声は聞こえてないようだ。

「―う~ん…、遠すぎて会話は聴こえないか…。」
どうしょう。
今の所、荒れる感じは無いけど、一応教室からAT持って来るか。

 教室に向かって走っている間に心の中で呟いた。
 俺ってホント、チキン(薄情)だな…。

往復で五分とかからないが、俺が屋上に戻ってきた時には、黒マントの集団はもう消えていた。
片隅で、フェンスに寄りかかってうずくまっている庵藤を見つけた。
「…!庵藤、大丈夫か!?」
不安と後悔が頭をよぎる。すぐさま駆け寄ると、案外あいつはケロッとしていた。
「アレ…、どうしたんだ、結瀬?」
なんて言ってやがる。

「お前…、一回シね…!」
「なっ、なんだよ?」

やっぱり結果はいつも通り、何にも変化なし、振り出しだ。

 俺は、一体何を期待してたんだ…?

「そだ、さっきの奴ら、アレ、なに?」
さっきの黒マントの集団のことを聞いてみた。
当然さ、あんなあからさまに怪しい奴らが学校の屋上で生徒一人取り囲んでるんだ。
気にならない訳がない。
いや、場合によっちゃ警察沙汰になる可能性だってある。
教室に帰る最中に、ごく普通に話を切り出した。
 昨日のテレビ見た?と言う感じに、誰でもやる、どこでも聞く、当たり前の会話だ。
なのに、何でお前はそんなに顔が青ざめてるんだ…!?

「結瀬、ちょっと…。」

俺達は、屋上に逆戻りした…。





「オイ、弥人、テメェ舐めてんのか?シャキッと走れや…!」
「…ハァッ、ハァ…!」

 昼の世界と変わらず、空(くう)を切る嵐は、月光が照らす夜の国にも吹いていた。
 今日も白熱灯が照らす倉庫街で空(くう)を翔けるモーター音が響く。
 息を切らして走る俺と、その走りを見て冷静に暴言を連発する秋人さん。

 せっかく静かなこっち(夜の国)に来たのに、昼の学校での出来事が気になってしょうがない。
あんな事聞いたせいか、全然走りに集中出来ない。
「余計な事考えんな…!頭真っ白にして、身体で“道”を覚えろ。」

相変わらず、秋人さんには心読まれるし。
 いや、それよりなにより、秋人さんの変貌ぶりにはついて行けない。
 二週間も耐えた自分が凄いと思う。決して大袈裟じゃない。それ位半端無い。
 普通なら、基本をマスターするだけでも二、三ヶ月かかるものを、たった二週間でやってのけたのだから。

 そーいや、秋人さんて確か『煉帝』…、とか言う 称号/エンブレム を持ってるんだよな…。
 コレって、どれくらい凄いんだろ…。

 「ねぇ、秋人さ―」
 「今日、学校に誰か来なかったか?」
 「え、?」
 「いや、無いならいい。」

 完全に話の出鼻を砕かれた。
 が、思わぬ所で興味深い話が出たな。
そうだ、どうせなら秋人さんに今日の学校での事言ってみるか、庵藤には口止めされてるけど。
このまま黙ってたって、何も変わらない。
なら…!

「…?コラ、休んでんじゃねえ、行け。」
ハァ…、ハァ…、フゥ~…。
呼吸を整えて―

「秋人さん、実は今俺の学校で―。」
何故か秋人さんは、俺の顔の前に掌を突き出して待ったをかける。
「いい、分かってる。弥人はとにかく、自分の事だけ考えろ。」

…?
秋人さんは、何の事を言っているんだ?
俺の学校で起こっていること、なのか…?
「…あの、秋人さん、何のこと―」
「大丈夫!分かってるさ、俺だってそこまで馬鹿じゃない!心配しなくていい、
俺が!
必ず!!
解決してみせるさ!!!」

…。
秋人さんが、凄く真面目な表情で、凄く的外れな事を語っている。
端から見ると、ふざけている様にしか見えないが…。
て言うか、秋人さん、ふざけてる…?

パンッ、パンッ!と、手を叩く音に思考が止まる。
「ホレ、まだ終わっとらんぞ、行け。」
「えっ!?ちょっ…!」
「とっとと…、逝けや!」

…。
別の機会に言おう…。





月明かりが照らし出す夜の学校。
ここは、彼等の本拠地(メインエリア)。
 静まりきった“夜の学校”時刻は十時。
誰も居ないはずの学校に、一室だけ明かりが灯っている。
 そこから、死神達の歓喜がこだまする。

「ッハァーハッハッハッ!!楽勝だぜー、ハッ!」
「これで七校目、あと四校でこの町は俺らのモンだ。」
「油断すんな!いつ裁断者に見つかるか…。」
「ビビってんじゃねーよ!あんな居るかも分からねえ奴らなんか気にすんな。」
「けど、実際に裁かれてる奴らも確かにいるってさ。」
「どこぞのチームにやられたんだろ?」
 「ハッ!関係ねぇ!返り討ちにしてやんよ!」
「てかさ!今日のカモ(学校)、結構上玉が居たよな?早く遊び行きてぇ~!」
「まずは、全部の学校“しめて(支配)”からな。」
「ちぇっ」


「…チーム【デッド・クロス/告死の十字架】
できて半年の新しい、高校生暴風族チーム。

彼等のやることは唯一つ、支配。
周辺の学校に圧力をかけて力で従服させる…か。」

 家具も照明も無い月明かりだけの殺風景なアパートの一室で、俺、遠条 秋人は、ヘッドフォンから流れてくる盗聴した会話を聴きながら、資料を読む。

 「おい、こんなカス共、俺がわざわざ狩りに行く必要なんて無いだろ?」
 しかめっ面で異義を唱える俺を無視して、“風の王”は首を横に振る。

 「“彼”の成長に、実戦は必要不可欠だよ。
 “彼”は、まだ知らない、この世界の、暴風族の、怖さをを。
 そして、知る必要がある。
 ATの力を、その凄さを、その恐ろしさを…。
 そうだろう?」

“風の王”は静かに述べる。

「はぁ…、つまり、弥人の面倒見ながら“制裁”しろと…。」

「それが、彼(弥人)の為になる。」

「『鵺旺』からのお達しか?」

「俺個人の考えだよ。」

「【ヂバチの雄―風凛の道(シビア・ロード)/風の王 不二維 巧汰(フジイ コウタ)】として?」

「そうだよ。
 【裁断者(ジャッジメント)総長―爆裂の道(バースト・ロード)/烈火の王 煉帝・紅渦=遠条 秋人(エンジョウ アキト)】クン。」

「…そんな称号(エンブレム)、俺は要らないよ。」

「それは嘘だ。
 キミには必要なハズだよ。手段として、結果として。

 でもその分義務がある。
 王たる義務が。」

俺達は、顔を合わせないまま話を続けた。
でも、互いに相手の表情は手に取るように分かった。
俺の眉間にはしわが縦に走り、風の王は表情から笑みが消えた。

「…、分かったよ。て言うか風の王、なんであんたまで弥人のこと気にしてんだよ?」

「だって、雷公が拾った奴だろう?気にならない訳がないさ。」

確かに、と納得。
だが、腑に落ちないことが一つ、
「風の王、あんたはアイツに何を“視た”?」

「と、言うと?」
風の王、不二維 巧汰は問い返す。

「雷公が、弥人の何を見込んでATを渡したか、ってことだ。」
アイツの走りを見て二週間、未だにオレにはそれが分からない。

「きっと、そのうち化けの皮が剥がれ落ちると思うよ。」

「!!じゃあ、アンタにはもう見当が付いてるのか?」

驚き、振り返る俺に、風の王はにたりと微笑を浮かべて静かに答える。
 「さぁ、俺もまだ会ったこと無いからね。」

じゃあなんで知ってる風な言い方をするんだ?なんて今更言わない。
なんせチーム【ヂバチ】は、雷公と繋がりがある疑いが随分前から合った。
メンバーは二人、雄の“風の王”と、雌の“棘の王”どちらも雷公と同じ第一世代の暴風族。
これなら、雷公と繋がっていてもなんら不思議じゃないだろうが、あいつは三年前から行方知れずになってる。
だから、この前俺の部屋に来たときは本当に驚いた。
そして、雷公を始め第一世代の連中には謎が多すぎる。
今、俺の目の前に居る風の王・不二維 巧汰もその一人。
「お前ら(第一世代)の目的は?」

「君こそ、四年もの月日を費やして得たその“力”
 烈火の玉璽(レガリア)と煉帝の号を“結果的に”得て、何を望む?」

そう問い掛けたっきり、あいつは黙った。
 気が付いたときにはもう、アイツは風に消えていた。



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