裁(い)くぞ…!
そう告げられ、俺は不安と緊張でガチガチに固まった右足を前へ押し出した。
一つだけ明かりがついている教室に、そこにどんなライダーが居るのか、なんて余計な事を考える余裕は当然、俺には無い。
とにかく、ひたすら前へ、前へ。
気が付けばもう、閉め切られた扉に正方形の真っ黒な穴を開ける窓から容易に想像出来る、真っ暗闇の昇降口の前に来ていた。
秋人さんが立ち止まり、続いて俺も立ち止まる。
校舎の上方を指さし、秋人さんが指示を出す。
「弥人は一度、屋上で待機。
オレが合図したら、中に入ってこい。」
「屋上で待機、って、秋人さん当たり前のように言ってるけど、俺こんなに高い壁登ったこと無いんですけど…?」
この校舎は五階立てで、一つのフロアだけで約三メートル、つまり、屋上まで十五メートル程もあるのだ。
秋人さん曰わく、“息継ぎ”すれば大した高さじゃ無いと言うが、中間である三階部分でそれをしても残り七メートルはあるのだ。十分に高い。
ちなみに“息継ぎ”とは、はじめから一気に天辺を目指すのでは無く、途中の安定した場所で体制を整えてから天辺を目指す方法を言う。
幸い、校舎のすぐ裏には倉庫を挟んで体育館が隣接している。
校舎の三階の窓から見て、屋根は大きな三角形が延びた形になっている。
一番低い所、つまり三角形の底辺部分は地上から四メートル、その天辺、頂点部分は地上から十メートルもある。
屋根の頂点部分からなら、実際に登る高さは約五メートル、これなら俺にもなんとか登れる。
早くしろ、と、秋人さんに急かされながら、体育館の屋根上に向けて校舎の壁を登る。
助走をつけ、壁に向けて走り出す。
壁の少し手前でジャンプ、ホイールが壁に当たると同時に“吸い付く”。
この仕組みがあるから、ATで垂直な壁を登ることができるし、高速で走っても体が浮いたりしない。
慣性の法則によるものらしいが、詳しくは分からない。(コミック参照)
壁に着くと直ぐに、助走で作ったスピードを体を半回転させ上へ向け、そのスピードと体の回転を使い遠心力で壁を駆け上がる。
【Ride on Woll, Rool 540】
スピードを上へ向ける半回転、更に遠心力をつける一回転で壁を駆け上がる、数あるウォールライドの一種の基本形とも言えるトリック。
何事も基本が大切だとよく言うが、正にその通りだ。
上級者になると、回転数を増やし更に高く駆け上がると言う…。
俺は一回転が精一杯だ…。
このトリックで俺は体育館の屋根へ、そして屋上へと駆け上がり、そこで秋人さんの合図を待つ。
ウォールライドをする際、ホイールのエンジン音が敵に聞こえないかヒヤヒヤしたけど、すぐ下の明かりがついている教室にいる彼らにはどうやら聞こえてないようだ。
完全に静まり返っている。
下を覗けば秋人さんがこっちを見上げている。
秋人さんがこっちを指差した。恐らく、今からこっちへ行くという合図だろうか、そう思い顔を引っ込める。
壁を駆るモーター音が聞こえる。
しかし、モーター音が消えてしばらくしても、秋人さんは屋上に現れない。
今夜は風が強い。
声にならない呻きをあげながら、風は足早に駆けて行く。
少し乱暴とさえ思える程の強風を全身に受けながら、秋人さんからの合図を待つ。
…。
……。
………。
「弥人!!!」
突然、真下の教室から秋人さんの俺を呼ぶ怒声にも似た大声が響いた。
思わず体が跳ねる。
「はっ、はいぃ!!」
大急ぎで壁伝いに教室へ行く。
◆
いつも通りにアジトの教室に入り、明かりを点ける。
何ら変わりない、いつもと同じ教室。
彼等はいつも通りに配下に収めた学校での悪行三昧を言い合い、からかい、冗談に罵り合い、嗤い合うつもりでいた。
そんな彼等の日常を、それは静かに、一瞬で爆壊した。
黒板一杯に大きくスプレーで書かれた彼等の【誇り/チームエンブレム】
その上に貼られた裁断者―ジャッジメントのエンブレムステッカー。
それが告げるのは、死。
彼等はただ、それを見ているのが精一杯だった。
どれ位の時間が経ったのか見当もつかない。
気が付けばAT独特のエンジン音、地面とホイールとの接地音が聞こえてくる。
最初は小さかったそれらの音は、段々とその大きさを増し、遂に、その足音の主は自分達の前に現れた。
紅き衣にその漆黒の身を包みし少年は、見た目年は自分達と同じくらい。
違うのは、全身に満ち溢れた自信。
それから知り得る絶対的な力、圧倒的なまでの実力差。
―奴は…、
初めから知っていた訳ではない。
しかし、その姿から、そのチーム名から、そのエンブレムから、思い当たるライダーは一人だけ。
王や帝の名を調べることは簡単だ。
インターネットを使って検索すれば、嘘か本当かはさて置いて、いくらでも情報は出てくる。
だから、殆どのライダー達は“中途半端な”知識を持っている。
そして世の中に定着したのが、【十六王帝】説だ。
彼等はそれらから得た情報を元に、今、窓に腰掛け、月の逆光でその輪郭が紅く燃え上がっているライダーを特定した。
―間違いない。
奴はこれまでに百以上のチームを、“たった一人”で“壊滅”させた、現存する暴風族の中で、“最凶”のストームライダー。
【煉帝・紅渦】
その名の通り、【クレナイノワザワイ】を連れてくる者。
いや、禍そのもの。
―悪魔だ…!
それ(死)が、自分達の目の前に、現れた。
◆
壁伝いに滑り、窓のサッシに足を引っ掛け窓から真下の教室に入る。
すると、もう中の状況は交戦状態のように入り乱れた黒マントの集団と、その中を縫うように紅く燃える影が炎を引いて“瞬いて”いる。
もはや、その姿を捉えることは出来ず、紅き炎の閃光が黒いビーズを紅い糸に通すが如く、室内を走り回る黒マント一人一人を“爆裂”させている。
…この炎って、あの時の…。
今紅き影に追い立てられている黒マントが、以前屋上で庵藤を取り囲んでいた奴等だと気付くより先に、炎の影と化している秋人さんの走りに目を奪われた。
「コラ、弥人!突っ立ってんじゃねぇ、走れ!」
秋人さんの声で、ふと我に返り走り出す。
紅い影を追って。
◆
弥人を屋上に待機させ、ターゲットの居る教室を見上げる。
宣戦布告を意味するステッカーの上貼りは、日がでている間にやっておいた。
今頃、奴等は慌てふためいているだろう。
一息深呼吸をして、集中する。
今回は弥人がいるから、いつも通りじゃあいつが危ない。
細心の注意を。
そう自分に言い聞かせ助走一歩、次の瞬間には空を飛んで校舎を縦に走るパイプの三階と四階の間部分に着地し、そのパイプ伝いに教室へ向けて駆け上がる。
そして、全開されていた窓の一つに腰掛け、裁断者の到来を告げる“詩”を彼等に送る。
―月より授かりし翼は、陽に灼かれ地に墜ちる―
「チーム、デッド・クロス…。
汝等の翼は、陽に灼かれた。
裁断者―ジャッジメントの名を以て、汝等を地へ墜とす。」
そう告げて、一番奥にいた黒マント一人の前に瞬時に移動し、首にATのホイールとホイールの間を押し当て、向こう側の壁に首吊り状態のように叩きつける。
間合いを詰めるのも、黒マントの一人を向こう側の壁に激突させるのも、すべてが一瞬でその跡は紅く燃え上がり、一直線の炎の波を描き、首に押し当てられた後輪からはうっすらと白煙が上がっている。
「…まずは、一人目…!」
(俺の攻撃をまともに受けたんだ、正気で居られるわけがない。)
案の定、この一撃だけで気絶した。
これを見てようやく他の奴等は正気を取り戻したようだ。
さっきまでただ呆けて突っ立っていただけだった奴等が、彼等本来の“表情”を浮かべて蠢きだした。
その黒いフードの奥に隠している素顔。
奴等が“死神”たる所以。
敵に対しての全くの無慈悲、嘲笑のみを浮かべる口元、敵の血風だけ映し出す眼光、欲するのは敵の屍。
死神達が纏っている冷血な雰囲気で、室内がみるみる冷え切っていく感覚を覚える。
(…こっからが、本番。
さて、そろそろ主役を入れるか。)
「弥人!!!」
この一言をきっかけに、奴等が襲い来る。
(弥人、よく見ておけよ。
これは、お前が後に歩む道だ。)
“俺みたいな奴”が、この世界から居なくなるように―
そう願う秋人に、死神がその冷ややかな牙を向く。
◆
とりあえず、秋人さんについて行こうと奮闘するけど…
「は、早っ!?追いつけな…!」
炎の線を引いて走る秋人さんは、襲い来る黒マントの奴等を避けながら俺のスピードに合わせようとしてくれているようだ。
スピードだって、さっきとは段違いに遅い。
でも、それでも追いつけない。追い付いていけない。
教室の中だから、机や椅子などいろいろあって普段より格段に走りにくいが、それは秋人さんも、黒マントさえも同じ条件だ。
だけど、秋人さんも、黒マントだってそれらを気にせず、いや、それらさえ利用し自分の道としている。
けど、俺は?
秋人さんどころか、黒マントの動きにさえついて行けない。
全く自分の走りが出来ない。
俺に合わせて走ってるせいで、秋人さんは黒マントに絶え間なくあらゆる攻撃を多方向から仕掛けられ、それをギリギリでかわして走っている。
さっきまで燃え上がっていた炎も、今ではすっかり消え、教室は本来の顔、黒マント達のホームグラウンドとなり、黒マントの思うがままとなっている。
正に、絶対絶命とはこの事を言うのだろう。
どれも全て、不甲斐ない俺のせいだ。
―とてつもなく、逃げ出したくなった。―
こんな自分がいても、何の役にも立たない。ただの足手纏いなら、いっそいない方がよっぽどマシだ。
負の感情が、負の考えを連想させ暗きに落ちる悪循環に陥っている俺に、秋人さんの背中から有り得ない言葉が出た。
「弥人、俺の前を走れ。お前の“道”が見たい。」
「は、?な、何を、言って…?」
あまりに突拍子な発言に、正確な受け答えが出来なかった。
困惑する俺に、秋人さんは静かに、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。
その言葉には、少しだけ不安の色が合ったが、でもそれ以上に満ち溢れた確信があった。
その声色には、普段の厳しさは微塵もなく優しささえ感じられた。
「お前なら、出来るよ。
俺には、正直お前にどんな才能が眠ってるのか知らないけど、あの“雷公”がそれを保証してる。
お前が、その内に秘めた才能は、きっとお前にとって最大の武器になるだろう。
…蹴散らしてこい、弥人。」
そう言って、秋人さんは後ろに軽く跳び、俺の後ろについて、俺の背中を追うようにまた走り出した。
『俺の中の才能』?
そんなものが、本当にあるのか?
こんな俺にも、役に立てる力があるのか?
力が欲しい―
自分一人で走れるだけの力が―
⇒No.8
そう告げられ、俺は不安と緊張でガチガチに固まった右足を前へ押し出した。
一つだけ明かりがついている教室に、そこにどんなライダーが居るのか、なんて余計な事を考える余裕は当然、俺には無い。
とにかく、ひたすら前へ、前へ。
気が付けばもう、閉め切られた扉に正方形の真っ黒な穴を開ける窓から容易に想像出来る、真っ暗闇の昇降口の前に来ていた。
秋人さんが立ち止まり、続いて俺も立ち止まる。
校舎の上方を指さし、秋人さんが指示を出す。
「弥人は一度、屋上で待機。
オレが合図したら、中に入ってこい。」
「屋上で待機、って、秋人さん当たり前のように言ってるけど、俺こんなに高い壁登ったこと無いんですけど…?」
この校舎は五階立てで、一つのフロアだけで約三メートル、つまり、屋上まで十五メートル程もあるのだ。
秋人さん曰わく、“息継ぎ”すれば大した高さじゃ無いと言うが、中間である三階部分でそれをしても残り七メートルはあるのだ。十分に高い。
ちなみに“息継ぎ”とは、はじめから一気に天辺を目指すのでは無く、途中の安定した場所で体制を整えてから天辺を目指す方法を言う。
幸い、校舎のすぐ裏には倉庫を挟んで体育館が隣接している。
校舎の三階の窓から見て、屋根は大きな三角形が延びた形になっている。
一番低い所、つまり三角形の底辺部分は地上から四メートル、その天辺、頂点部分は地上から十メートルもある。
屋根の頂点部分からなら、実際に登る高さは約五メートル、これなら俺にもなんとか登れる。
早くしろ、と、秋人さんに急かされながら、体育館の屋根上に向けて校舎の壁を登る。
助走をつけ、壁に向けて走り出す。
壁の少し手前でジャンプ、ホイールが壁に当たると同時に“吸い付く”。
この仕組みがあるから、ATで垂直な壁を登ることができるし、高速で走っても体が浮いたりしない。
慣性の法則によるものらしいが、詳しくは分からない。(コミック参照)
壁に着くと直ぐに、助走で作ったスピードを体を半回転させ上へ向け、そのスピードと体の回転を使い遠心力で壁を駆け上がる。
【Ride on Woll, Rool 540】
スピードを上へ向ける半回転、更に遠心力をつける一回転で壁を駆け上がる、数あるウォールライドの一種の基本形とも言えるトリック。
何事も基本が大切だとよく言うが、正にその通りだ。
上級者になると、回転数を増やし更に高く駆け上がると言う…。
俺は一回転が精一杯だ…。
このトリックで俺は体育館の屋根へ、そして屋上へと駆け上がり、そこで秋人さんの合図を待つ。
ウォールライドをする際、ホイールのエンジン音が敵に聞こえないかヒヤヒヤしたけど、すぐ下の明かりがついている教室にいる彼らにはどうやら聞こえてないようだ。
完全に静まり返っている。
下を覗けば秋人さんがこっちを見上げている。
秋人さんがこっちを指差した。恐らく、今からこっちへ行くという合図だろうか、そう思い顔を引っ込める。
壁を駆るモーター音が聞こえる。
しかし、モーター音が消えてしばらくしても、秋人さんは屋上に現れない。
今夜は風が強い。
声にならない呻きをあげながら、風は足早に駆けて行く。
少し乱暴とさえ思える程の強風を全身に受けながら、秋人さんからの合図を待つ。
…。
……。
………。
「弥人!!!」
突然、真下の教室から秋人さんの俺を呼ぶ怒声にも似た大声が響いた。
思わず体が跳ねる。
「はっ、はいぃ!!」
大急ぎで壁伝いに教室へ行く。
◆
いつも通りにアジトの教室に入り、明かりを点ける。
何ら変わりない、いつもと同じ教室。
彼等はいつも通りに配下に収めた学校での悪行三昧を言い合い、からかい、冗談に罵り合い、嗤い合うつもりでいた。
そんな彼等の日常を、それは静かに、一瞬で爆壊した。
黒板一杯に大きくスプレーで書かれた彼等の【誇り/チームエンブレム】
その上に貼られた裁断者―ジャッジメントのエンブレムステッカー。
それが告げるのは、死。
彼等はただ、それを見ているのが精一杯だった。
どれ位の時間が経ったのか見当もつかない。
気が付けばAT独特のエンジン音、地面とホイールとの接地音が聞こえてくる。
最初は小さかったそれらの音は、段々とその大きさを増し、遂に、その足音の主は自分達の前に現れた。
紅き衣にその漆黒の身を包みし少年は、見た目年は自分達と同じくらい。
違うのは、全身に満ち溢れた自信。
それから知り得る絶対的な力、圧倒的なまでの実力差。
―奴は…、
初めから知っていた訳ではない。
しかし、その姿から、そのチーム名から、そのエンブレムから、思い当たるライダーは一人だけ。
王や帝の名を調べることは簡単だ。
インターネットを使って検索すれば、嘘か本当かはさて置いて、いくらでも情報は出てくる。
だから、殆どのライダー達は“中途半端な”知識を持っている。
そして世の中に定着したのが、【十六王帝】説だ。
彼等はそれらから得た情報を元に、今、窓に腰掛け、月の逆光でその輪郭が紅く燃え上がっているライダーを特定した。
―間違いない。
奴はこれまでに百以上のチームを、“たった一人”で“壊滅”させた、現存する暴風族の中で、“最凶”のストームライダー。
【煉帝・紅渦】
その名の通り、【クレナイノワザワイ】を連れてくる者。
いや、禍そのもの。
―悪魔だ…!
それ(死)が、自分達の目の前に、現れた。
◆
壁伝いに滑り、窓のサッシに足を引っ掛け窓から真下の教室に入る。
すると、もう中の状況は交戦状態のように入り乱れた黒マントの集団と、その中を縫うように紅く燃える影が炎を引いて“瞬いて”いる。
もはや、その姿を捉えることは出来ず、紅き炎の閃光が黒いビーズを紅い糸に通すが如く、室内を走り回る黒マント一人一人を“爆裂”させている。
…この炎って、あの時の…。
今紅き影に追い立てられている黒マントが、以前屋上で庵藤を取り囲んでいた奴等だと気付くより先に、炎の影と化している秋人さんの走りに目を奪われた。
「コラ、弥人!突っ立ってんじゃねぇ、走れ!」
秋人さんの声で、ふと我に返り走り出す。
紅い影を追って。
◆
弥人を屋上に待機させ、ターゲットの居る教室を見上げる。
宣戦布告を意味するステッカーの上貼りは、日がでている間にやっておいた。
今頃、奴等は慌てふためいているだろう。
一息深呼吸をして、集中する。
今回は弥人がいるから、いつも通りじゃあいつが危ない。
細心の注意を。
そう自分に言い聞かせ助走一歩、次の瞬間には空を飛んで校舎を縦に走るパイプの三階と四階の間部分に着地し、そのパイプ伝いに教室へ向けて駆け上がる。
そして、全開されていた窓の一つに腰掛け、裁断者の到来を告げる“詩”を彼等に送る。
―月より授かりし翼は、陽に灼かれ地に墜ちる―
「チーム、デッド・クロス…。
汝等の翼は、陽に灼かれた。
裁断者―ジャッジメントの名を以て、汝等を地へ墜とす。」
そう告げて、一番奥にいた黒マント一人の前に瞬時に移動し、首にATのホイールとホイールの間を押し当て、向こう側の壁に首吊り状態のように叩きつける。
間合いを詰めるのも、黒マントの一人を向こう側の壁に激突させるのも、すべてが一瞬でその跡は紅く燃え上がり、一直線の炎の波を描き、首に押し当てられた後輪からはうっすらと白煙が上がっている。
「…まずは、一人目…!」
(俺の攻撃をまともに受けたんだ、正気で居られるわけがない。)
案の定、この一撃だけで気絶した。
これを見てようやく他の奴等は正気を取り戻したようだ。
さっきまでただ呆けて突っ立っていただけだった奴等が、彼等本来の“表情”を浮かべて蠢きだした。
その黒いフードの奥に隠している素顔。
奴等が“死神”たる所以。
敵に対しての全くの無慈悲、嘲笑のみを浮かべる口元、敵の血風だけ映し出す眼光、欲するのは敵の屍。
死神達が纏っている冷血な雰囲気で、室内がみるみる冷え切っていく感覚を覚える。
(…こっからが、本番。
さて、そろそろ主役を入れるか。)
「弥人!!!」
この一言をきっかけに、奴等が襲い来る。
(弥人、よく見ておけよ。
これは、お前が後に歩む道だ。)
“俺みたいな奴”が、この世界から居なくなるように―
そう願う秋人に、死神がその冷ややかな牙を向く。
◆
とりあえず、秋人さんについて行こうと奮闘するけど…
「は、早っ!?追いつけな…!」
炎の線を引いて走る秋人さんは、襲い来る黒マントの奴等を避けながら俺のスピードに合わせようとしてくれているようだ。
スピードだって、さっきとは段違いに遅い。
でも、それでも追いつけない。追い付いていけない。
教室の中だから、机や椅子などいろいろあって普段より格段に走りにくいが、それは秋人さんも、黒マントさえも同じ条件だ。
だけど、秋人さんも、黒マントだってそれらを気にせず、いや、それらさえ利用し自分の道としている。
けど、俺は?
秋人さんどころか、黒マントの動きにさえついて行けない。
全く自分の走りが出来ない。
俺に合わせて走ってるせいで、秋人さんは黒マントに絶え間なくあらゆる攻撃を多方向から仕掛けられ、それをギリギリでかわして走っている。
さっきまで燃え上がっていた炎も、今ではすっかり消え、教室は本来の顔、黒マント達のホームグラウンドとなり、黒マントの思うがままとなっている。
正に、絶対絶命とはこの事を言うのだろう。
どれも全て、不甲斐ない俺のせいだ。
―とてつもなく、逃げ出したくなった。―
こんな自分がいても、何の役にも立たない。ただの足手纏いなら、いっそいない方がよっぽどマシだ。
負の感情が、負の考えを連想させ暗きに落ちる悪循環に陥っている俺に、秋人さんの背中から有り得ない言葉が出た。
「弥人、俺の前を走れ。お前の“道”が見たい。」
「は、?な、何を、言って…?」
あまりに突拍子な発言に、正確な受け答えが出来なかった。
困惑する俺に、秋人さんは静かに、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。
その言葉には、少しだけ不安の色が合ったが、でもそれ以上に満ち溢れた確信があった。
その声色には、普段の厳しさは微塵もなく優しささえ感じられた。
「お前なら、出来るよ。
俺には、正直お前にどんな才能が眠ってるのか知らないけど、あの“雷公”がそれを保証してる。
お前が、その内に秘めた才能は、きっとお前にとって最大の武器になるだろう。
…蹴散らしてこい、弥人。」
そう言って、秋人さんは後ろに軽く跳び、俺の後ろについて、俺の背中を追うようにまた走り出した。
『俺の中の才能』?
そんなものが、本当にあるのか?
こんな俺にも、役に立てる力があるのか?
力が欲しい―
自分一人で走れるだけの力が―
⇒No.8