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From With

子供達に、幸せの見つけ方、教えてあげたい・・大丈夫。隣りにいるから。あなたの周りは、ほら、幸せがいっぱい!!(自宅を色んなお子さんに開放して14年。問題のある子 無い子皆一緒に 同じ時代の同じ時間を生きていきたいな~!一歩一歩、 丁寧に・・)



歳をとったな~~~、
早くも三日目は予定の起床放棄・・・


8時に朝食をとって、ちょっとのんびり過ごす。


『文翔館(旧県庁舎・県会議事堂)』



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Nと私N子で「Ns」と称してよく二人旅行をした。


いつも鉄道好きのNが予定を立てて私を連れていく、という設定で、その記念すべき第一回Ns旅行が「山形&仙台」だった。


それでなくても小柄で小学四年生には見えないNが私の三歩先を地図を片手に歩いた小さな背中を想いだした。


あれから10年、Nは大学生となり Aさんと同じ位に背中も広くなった。


「あ~、この知事室の椅子で写真撮ったね、また座ってみてよ~。」と言ったら照れて逃げたNだけれど、


私は確かに口元をクッと結んで写真に収まったNs旅行の隊長Nをあの日と同じ椅子に見た。


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『物産館』

立派な白桃5個400円
熟れたプルーン10個は入って200円 トマト一箱300円


新鮮、安い、豊富、安い、食べたい、だけど、旅はこれから、だったらお土産!!


ということで、義父母と義妹宅に送ることにする。


明日には届く。食べて、食べて。


『紅花資料館』

紅花は末摘花とも呼ばれ原産地はエジプトだと知る。


末摘花と言えば(源氏物語)に出てくる、光源氏に忘れられた後も一途に待ち続け最後は再び巡り合い幸せに暮らしたという常陸宮の姫君だ。


その像のように長くて赤い鼻を紅花(末摘花)で象徴したのか・・・と苦笑して、ハッと気付く。(末摘む)つまりは末には幸せになる、という意味だった。


「お着物、着たいな~。母さん、秋には着せてくれる?母さん好みでいいから準備もしてくれる?ついでに あの~ その~ お片付けもしてくれたら、絶対着る~~~!」と展覧された美しい着物を見ながらはしゃぐFが、


どうぞ 苦労はしても 末に摘む幸せに恵まれるよう心から祈った。



『冷やし肉蕎麦』

今や山形県の河北町谷地と言えば(冷やし肉蕎麦)と聞き、半信半疑注文してみる。


お蕎麦を鶏肉のお出汁で頂くというから鴨南蛮みたいなものかな、と思いきや これが絶妙な味加減!!


今まで出会ったことの無い味体験に家族四人顔を見合わせる。


見れば午後も2時になろうと言うのに入り口は長蛇の列、なるほど、ここの人達の週末は(一寸亭)の(冷やし肉蕎麦)無しでは成り立たないのだ。


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『蔵王 お釜』

Nのたっての希望で蔵王のお釜に登る。案の定 Fと私はうねうね道にやられ、その上雲行きまで妖しくなってきた。


山頂に着いた時には一面霧で真っ白、古びたレストハウスだけがポッカリ浮かんで見えた。


当然(あ~~~~ぁあ)なのだが、Nはいたって平気、いや平気そう、せっかく来たんだから、とすたすたお釜に向かって行く。


そう、Nは驚異の晴れ男なのだ!!!


富士登山の時は満月&満天の星空&見事な御来光を見、先日の近畿豪雨の時は真っ只中にいたにも関わらず雨雲をすり抜け、熊野那智神宮、飛鳥、梶原神宮、伊勢神宮と神掛かりで周ってきた。


その数々のパワースポットで得た運気がNが登山道に入った瞬間に放たれた。


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お釜の辺りからみるみる霧が晴れ始め、あっという間に青空!!絶景となる。


居合わせた腰パンのお兄ちゃん達が「嘘!嘘!まじっ!なんで晴れるわけ!?俺達 すごくねぇ!?」と言うのを聞きながら、


(俺達じゃなくって、うちのNがすごいんだって)と晴れ男を産んだ母は思った。



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『牛タン』

やっぱりね。
これだよね。


色んなソースで頂くのが売りのようだったが、粗塩だけでパクり。


明朝 一番の新幹線で東京に出社する 気分ナナメのFを労い、Aさんは解禁のジョッキで乾杯した。


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Photo by N
家事から解放された幸せをたっぷり味わい ホテルの朝食を頂く。


お天気も予報を裏切って快晴、お陰で日焼け止めもたっぷり塗って出発。


今日は出羽三山を巡る。


『湯殿山』


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「語るなかれ、聞くなかれ」といわれ、出羽三山の奥の院とされてきた神社。


参道に入ると完全に撮影禁止。


参拝する前に裸足になって入り口でお祓いを受ける。


そしてそのまま 御神体である(温泉湧きだす茶褐色の巨大な岩←俗な言い方になるが、例えて言うならチョコレートタワーのミルクチョコレート版か・・・)の周りを手摺りに掴まりながら裸足で歩いて参拝するという自然崇拝の原型。


芭蕉も訪ねたというが、「こういう御神体を最初に見つけた人の偶然って何だろうね~?」と話し合う。


・やっぱり天の導きに他ならない(鶴や鹿が導いた、白い猿が手招きしたetc伝説)


・偶然(狩りをしていて偶然見つけた)


・動物の本能(病気になったら地熱や温泉で治すetc)


いずれにしても、摩訶不思議な それでいて 畏怖にたえない御神体であった。


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『大日坊』

(ミイラ)が安置されているお寺で有名になってしまったが、25年前に初めて訪れ、初めて出会った即身仏のあまりに強い印象に惹かれ再び子供達を連れてやって来た。


雪囲いが見える細い廊下で小さな硝子ケースに収まっていた即身仏・・・のはずが


今はお座敷の高台に立派な袈裟を身につけて鎮座しておられた。


お住職様が東北なまりで大日坊は空海を開祖とし明治の廃仏毀釈を最後まで拒み、結果 神社と変わった出羽三山から離脱し 檀家を持たない祈願の寺となったことや、


即身仏は42日間の断食を経て漆を飲んで内臓の腐敗を防いで成就したお姿であり、


これは高野山に今尚修行中の姿として即身体として祀られているとされる弘法大師に倣ったものであることなど講壇さながらに熱弁。


そして最後に6年に一度お着替えされる袈裟を使って作った御守りがどれだけご利益があったかも お礼参りの数々の品物を前に説明して下さる。


病気平癒された方、東日本大震災で難を逃れた方の話を聴き 思わず2つ求めた。



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『羽黒山』

「2446段昇るからね!」に「行くっ!!!」と真っ先に反応したのはF。なんせダイエット中、祈願とダイエットと達成感の三つ巴とあらばヤルッキャナイ!!!



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樹木の吐く息で蒸し返える森を神橋・須賀の滝、樹齢1000年の爺杉と歩き、国宝の羽黒山五重塔に出た。


杉並木の中にひっそりと立つ五重塔は平将門の創建といわれる東北最古の塔、均整のとれた静かな姿に思わず息をのむ。


この山中でもの言わず刻んできた記録が霜降る髪を思わせる老壁を通して甦るようだった。



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『三神合際殿』

月山、羽黒山、湯殿山の三神を祀る豪壮な際殿は神仏習合時代の名残を留める。


圧倒的な迫力で見下ろす茅屋根に言葉を無くして立っていたら、薄暗い森の中から子リスのようにFとNが飛び出して来た。


シャワー浴びたの!?とビックリする程シャツの色まで変えて、 「母さん、来なくて正解!!あれは修行!!勾配半端無いから!!」はF、「暑っつ!!サウナ、サウナ!!!」はN。


でも、祈願、ダイエット、達成感の後ろ2つは叶ったようで、神殿にて踏破認定証を頂き、帰りに寄った温泉でFは500グラムのウェイトダウンを確認した。


祈願だけは 昇るのに一生懸命になりすぎて、これまた神殿にて御守りを買ってゆっくり祈願することにしたようだ。


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「今はさぁ、みぃんな 太陽って言っとりますがよぉ、戦争までは、お天道様、お日様って みぃんな 拝んだもんだぁ。」

~大日坊お住職様~



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Photo by N
何年ぶりだろう、
家族四人でロングツアーに出た。


子供達が小学校の頃までは夏休みはもちろん、春休みも冬休みも1週間、2週間と休みを取って車で日本中を周った。


F、Nが折々に残したスクラップブックが我が家の子育ての全て、と今でも思える。


そんな我が家が受験、Fの就活を越えて小休を得、再びロングツアー「10泊11日の東北旅行」に出た。


気付くと出発のハンドルはNが握り、Fは金曜日の業務のあと新幹線で山形に駆けつけ・・・と


新しい我が家の始まりが、この東北ロングツアーからとなった。


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『平泉・中尊寺』


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前九年・後三年合戦を経て、11世紀末、平泉へ移り住んだ藤原清衡が敵味方の区別なく全ての霊を慰め、仏国土を実現するために建立した理想郷。


世界遺産に登録されるまでの街の努力を駅前通り、参道、資料館にしのびながら


ぐらぐら揺れる踏み石に気をとられながら参拝した頃を懐かしく想いだした。


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私「N君、覚えてる?」
N「全く」


そりゃそっか、おねむのNを抱いて登ったっけ・・・と、前を行くパパの手にぶら下がる坊やを見て苦笑した。


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そのNが資料館で「奥州藤原四代はね、(肝冷やす)って覚えるんだよ。清(キ)衡→基(モ)衡→秀(ヒ)衡→泰(ヤス)衡でしょ!」と教えてくれた。


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『毛越寺』

突然の雷雨に小走りに戻る人達と行き交いながら山門を潜る。


吉永小百合さんのCMからずっと訪ねてみたかった いわば憧れの寺社。


(本当に奥州藤原の夢の浮島はあるのだろうか・・)


(期待)は 遠ざかる雷鳴が いっせいに降ろした 輝く雨垂れの幕によって応えられた。


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美しかった。


かつて こんな優美な懐に抱いてくれる庭があったろうか・・・


征伐の命が下った義経を源平合戦出陣の際と変わらぬ忠臣で受け入れた秀衡の剛毅な両腕、


海を表す水と汀に緩やかに弧を描く洲浜が作る大泉ケ池、それが歌う平安の誇り、


その両方が藤原家滅亡に追い込んだ頼朝をして 寺社の保護にはしらせたわけを教えてくれた。


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(奥州藤原の夢の浮島)は秀衡の深い眠りの畔に今もその声を聴くように浮かんでいた。


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『銀山温泉』

Aさんが川面に映るガス灯を是非とも見たいと わざわざ日暮れに合わせて出向く。


お伽噺の挿し絵の様なガス灯と 時代のポケットにはまりこんだ様な燈火を並べる宿、


夜が明けたら 何もかも消えていました・・・狐につままれたお話の そんな下りがふと浮かんだ。




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北上山地を潜り抜け、
庄内平野に虹を見た・・・


山形駅で東京から駆け付けたFをピックアップしたときには Fの回りに都会の匂いがする気がした。


早くも ちょびっと旅人ナイズされた私達だった。


Photo by N