長い旅も今日から折り返し。毎回 ここから疲れと寂しさが入り混じる。
昨夜 東京のFから退社後のパン教室で作ったドライトマト入りパンの写メールが届いた。可愛い袋に入れて同僚のAちゃんにプレゼントするのだそうだ。
『寒風山』
被災地の太平洋側から日本海側に出た。
寒風山は二万年前、氷河期の終わりの噴火活動で出来た成層火山で、眼下に大きな第一火口、すり鉢型の第二火口、浅い窪地の妻恋峠の第三火口が見下ろせるばかりか、
北には能代砂丘、東には八郎潟干拓地と残存湖、南には秋田湾の海岸線沿いに滑らかな弧を描く天王砂丘が望めた。

六日目にして初めて展望素晴らしい場所に立ち、旅の醍醐味を噛み締めた。
が、
暑さと長距離走行に少々疲れ始めていた私は景色の果てにあった岬が次の目的地入道崎で、また内陸に入ってナマハゲ→大潟村→また日本海側に出て夕日を眺めながら温泉→→弘前~~~~!!と聴かされ
国道沿いに並んでうなだれていたヒマワリみたいに力なく「うん・・・」とうなづいた。
『入道崎』
青い海、青い空、白と黒のストライプの灯台・・・
「あそこ、あそこ、あそこに立つ二人の後ろ姿を年賀状に使ったんだよね。」
「そうそう、Fは両手を広げて、Nは海水パンツに虫採網持ってたのよね~。」

(あら、Aさん、後ろ髪白く光って写ってる
)その二人の片割れNは 長旅でそろそろあご髭が這えそろい 虫採網など持ったら間違いなくパパ!!の様相になってきた。

『なまはげ伝承館』
「ウオー、泣ぐ子はいねが、怠け者はいねが、言うごど聞がね子どらいねが、親の面倒みない悪りい嫁いねが。ウオー。」
「ナマハゲさん、まんず座って酒っこ飲んでくなんしぇ。」
本来なら大晦日にこんなやり取りで始まるナマハゲ来訪。
「前に来た時はNは私のスカートの中に潜り込んで、Fなんて散々泣きわめいた末 死んだふりしたのよ~!!もう、大笑いだったわ~!!
今日も沢山小さな子が来てるから大変なことになるわね。」
とAさんに耳打ちしながらナマハゲの登場を待った。
油断した・・・
いきなり背中で
ドドン!!
ドドン!!
ドドドドン!!!
「キャ、キャアアアアアアアア!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアア!!」
飛び上がって真っ先に逃げたのは私。
Aさんなのかどなたなのか確かめる余裕無くしがみついた・・・(取り敢えずAさんで良かった・・)
口から出そうな心臓の鼓動を押さえながら気付いた。
声を上げたのは私、泣いたのは三つ位の女の子、その二人だけ。
(ウフフ、ビックリ腰抜かすだろうな~)と思っていた子供達は一斉に携帯で写真を撮るか、(へ~)って顔で体育座りのまんま動じる気配無し。
ナマハゲが話の途中で驚かすも反応せず、にっこり笑って握手・・・という時代・・・だった。
ありゃりゃ。

『大潟村』
村全体が海抜ゼロメートル以下の緑輝く美しい大地。
真っ直ぐ続く道 空 田園 異国を想わせる景色は入植当時のご苦労を力強く輝かせる。

20年におよぶ歳月と総事業費約852億円の巨費を投じた大事業によって生まれた新生の大地、
6世帯わずか14人でスタートしたこの奇跡が山を越えた太平洋側、被災地で再び起きることを心から願った。
*(日本一低い富士山)

海抜0メートルの富士山!!
Nは半月前 富士山登頂したので、これで日本一高い山と日本一低い山を踏破したことになる!?
『夕暮れ』
記憶をたどって(はたはた館)で温泉に入る。「一番綺麗だった夕焼けは?」と聞かれる度に前回ここの湯船から眺めた日本海に沈む真赤な夕焼けが頭に浮かんだ。
今回は入浴の後、地元の方が教えてくれた海沿いの東屋で日の入りを待った。

染みだした天の絵の具が空に海に広がり モネの「睡蓮」のように暮れなずむ。
雲に隠れた太陽が ベールの向こうから最後の矢を打ち、海に一瞬現れた光の道が人の世の今日と明日を繋いだ。

月は上弦、夕暮れほどなく三つの星を従えて西に輝き ロマンティックな音楽を奏でてくれた。
五能線沿いの海岸線を弘前へ向かう。
さえぎるもののない海の夜空は私達をすっぽりと包み、天の川に幾つも幾つも願い星を流してくれた。

Aさんが「夕暮れを見せてあげたいから」とちょっと無理をして日没時間に合わせて走ってくれた夜のドライブは
藤城たけしの影絵の世界を海に山に眺める忘れ得ない夏の想い出となる。
~天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ~ by 柿本人麻呂

Photo by N
















