こんにちは。
不妊カウンセラーの ほりたたかこ です。
ブログが滞っていて申し訳ないです。
先週末は東京で、往復の旅のお供に選んだのが、この本 「優しいおとな」でした。
近未来のシブヤに暮らすホームレスの少年の話。
と思っていたら、最後に下記の言葉にであって
この旅のお供になった意味が解けた気がしました。
**********************
僕の家族の例で言おうか。
僕はサラリーマンの父親、教師の母親、そして二歳違いの妹の四人家族だ。
ごく普通の家族で、親の愛情を当たり前のようにもらい、育ってきた。
それを「ごく普通」とか「当たり前」ということが差別である。 ~中略~
「普通」とか「当たり前」と言ってしまえば、そうでない人を傷つけるし
それこそ差別に繋がりかねない。
「優しいおとな」 桐野夏生著
**********************
この3日間は家族心理学会だったのですが
生殖心理、いわゆる不妊カウンセリング領域のシンポジウムやワークショップ続きで
ずっと不妊のことを考えていました。
大会のテーマは「多様性と流動性」
家族の多様性を考えることは、すなわち対極にある「普通」を考えることでした。
前のブログでもそれについて書いていますが
またまた「普通」です(笑)
不妊は、マイノリティ。
マジョリティは、悩まず、考えることなく、結婚したら授かる人たち。
でもそれを「普通」とか「当たり前」と言ってしまえば
そうでない人は傷つけられる。
人数がいくら多くても、そうでない人はいるのだから。
「普通」とか「当たり前」と言ってはいけない。
それは差別に繋がりかねない。
でも同時に、マイノリティである当事者たちがこの「普通」を求めます。
シンポジウムでは、児童養護施設にいる子どもたちが「普通」の子どもになりたいといい
LGBTの方々にも同等の権利が必要との現状の報告がなされていました。
多様性とは何でしょう。
ひとり親家族、ステップファミリー、LGBT、里親・養子縁組、
今「家族とは何か」との質問にはなかなか答えにくいほど、様々な形があります。
世帯としては、単身者世帯の数が一番多い、現在の日本です。
それでも、両親がいて、子どもが二人という家族構成を基本的な家族のカタチとして法律やいろいろなものが考えられていて
そこにはすでに無理が生じているのではと思います。
そしてまた生殖医療・不妊の分野では、家族をつくる手段として医学的にはですが
第三者が入る生殖医療、精子提供や卵子提供・代理懐胎が可能になってきています。
ステップファミリーどころではなく、精子・卵子提供者が実の親で、生みの親がいて、育ての親がいる。
海外では法律上の夫婦だけでなく、LGBTのカップルがこの手段で子どもを生みそだててることが可能なので複雑さは加速しています。
「普通」でない ということから始めることなく
「多様な形が今ある」ということから、支援も始める必要があるのではといろいろな話を聞きながら思いました。
他の人がどうしているのか知りたい
先を行く人にどうだったのか話を聞きたい
参考までに・・・
ロールモデルとして・・・
それはあるのだけれど、その先に作っていくのは
『モデルのない新しい家族のカタチ』
自分だけの、自分なりの。
