年末年始で実家に帰省中です。
少し早め25日から戻ってました。
昨日は、11月に亡くなった友人の お宅へお参りさせてもらいました。
今回の帰省はだんなより一足早かったので自由に動ける時間が作れました。
私がお参りにいくというと他の友人たちも
各地から集まることになり数人で行かせてもらいました。
知り合って10年ほどになる亡くなった友人はまだ39歳。
二人目の子供を昨年出産したばかりで昨日は、ちょうど1歳の誕生日でした。
彼女のお母さんとも親しくしていたので彼女の思い出を語り合いました。
みんなで彼女のことを語り、哀しみ、思いだし、
告別式ではないぶん形式にとらわれないやりかたで見送ることができたと思います。
みんな、彼女の死をなぜ?といいながらうけとめるために言葉を紡いでいました。
でもいきなり
神様は乗り越えられる試練しか与えない
なんて言葉は重すぎますし
この子たちをこの世に送り出す使命をもっていた
というのも、いまはまだ幼すぎる子どもたちを見ていると
どうしてこの子たちを残して という思いになっていきます。
福岡を離れて一緒に過ごすことがすくなくなってきつつあった私には
その距離感を彼女が繋いでくれたように感じました。
今回会うことができた友人たちはきっとわたしには必要なひとたちなのでしょう。
彼女にも出会えてよかったと感謝しています。
今は彼女の死の意味について考えるより、
彼女と出会えた意味についてかんがえたい、
そう思いました。
しみじみと振り替える年の瀬の一日でした。