複雑な気持ちってよく口にするけど
あまり実感を伴っていなかったかも
だって、人に説明するときは
一言で気持ちを伝えないといけない
・・・「一言で伝えないといけない」と どうして思い込んでいたんだろう・・・
小さい時からそうだったような気がする。
”どうしたいの?” そうきかれて
”どうしたらいいわからない” と答えると
怒られていたからだろうか
たとえば ”わからないってどういうこと? 行くか 行かないかの どっちかだろう!!”
といわれたりする。
行ったら、足手まといになるかもしれない。みんなの顔色からそう見える。いきたい気持ちもあるけど。
行かなかったら、みんなはほっとするだろう。でも私は置いてきぼりをくって、仲間はずれの気持ちを
味合わなくてはならない。
そんな複雑な気持ち・・・
子どもはそんな複雑なことは考えないと思われていたのだろうか?
実際、子どもたちはみんな、自分の気持ちいいように振舞うことだけを優先して
他のことは考えたりはしなかったのだったのだろうか?
友達と行き違いがあったのも、そんなことから発生する事があったな・・・
小学校のころ、授業のなかでの意見のくいちがいがあった。
私は納得いかなくって、 授業が終わった後も 黒板に書かれていることをみつめていた
”まだ きになるの?” そうきかれて
”うん” と答えたら 友達はそれ以上私に近づいてこなかった。
そのときの私の気持ちは
”うん、この結果は気になるけど・・・。
でもね、授業は終わったしね。もういいよ。休み時間だから、遊ぼうか。”
そこまで口にしてない私も悪いけど、
”うん”と答えたら、まだ怒ってるって事なんだ と友達は単純に理解したらしい。
複雑に考えすぎるのだろうか
もっと簡単に、単純に 受け止めたらいいじゃないか
そう、自分を責めたりしたことも合ったけど。
今の自分の気持ちを理解することが苦手なのかなとも思ったけれど
それもあるけど、もっと 「複雑」 だったのかも
『複雑な想い』
それでいいじゃない
単純にいかないのが 人間だもの
そういう人間も存在する
TVのインタビューでも 一般の人によくわかる一言に集約してもらおうと
その一言を言ってもらうように 質問を重ねたりしてるのを見ることがある
カウンセリングをしていても ついそんなふうに
感情を一言で表現してもらうように 声かけをしてしまうことがある
「今、そう言ったけど 心のなかにある感情は それだけじゃないのに
一色だけとは 違うのに」
幼い日の自分が 心の中で叫んでいた言葉が 今 きこえてくる。
だから、それもこれも ぜんぶ
じっくり聴けるカウンセラーでいたい