この八月は、本当に気づきが多かった。
気づいた途端に手放さざるを得ないことが多く、時間の感覚も滅茶苦茶で、意識が曖昧蒙昧![]()
午前中の出来事が午後には半月前に感じられる程の日々の中で、ひとつ残しておきたい気づきがあった。
それは、壁叩きの隣人への赦し。
隣人からは過去6年程に渡って、時間を問わない壁叩きと暴言、モノを投げ込まれたりドアを蹴られたり、唾を吐かれて杖でドアや窓枠を殴られたり…と、これでも控えめな表現でホント色々あった。
一応うちは賃貸のマンションだけど、所謂世の中の闇
で、退去も逮捕もされないんだよね。
それはさておき、エネルギー的には私の周波数の炙り出しと心の声を無視してたからだと気づいて、被害?は収まった。
その後も丁寧に現れる周波数を手放していた、ある日のこと。
母と久々に隣人の話題になって、私は助けを求めた先とちょっと色々あって全然当てにしてなかったものの、影で動いてくれていたことを知った。
それがどうなるかは分からないんだけど(肚によると「すぐ!」とのこと)、その他色々耳に挟むこともあって、初めて隣人の苦しさに思いを馳せられた。
苦しかったからこそ、ああいうことをしたんだと。
あそこまでするなんて本当に苦しかったんだなあと同情めいた気持ちと、ねぎらうような感覚も生まれた。
だからといって、やっていいこととダメなことがあると思う![]()
でもね、アレは彼らなりの甘えーーうちに親しみを持っているからこその行為だったのだとも理解した。
そしたら、なかなか外れなかった彼らへの執着が失せてきた。
仕事や他のことが楽しくてすっかり忘れてたのもあるけど、多分それまでは一生懸命彼らを遠ざけようとしてたのを止めたからだと思う。
作用反作用ってやつで、押しやると、その分同じ力で押し返される、みたいなアレ。
まあ年内にこの家出てくから(とはいえまだ何も決まってない
)、それもあって心の余裕が出来たのもあるかも。
でも今までとはホント違って、壁一枚以上を隔てたかのように彼らを遠く別世界に感じるーースクリーンの中の登場人物を眺めるみたいに捉えられるようになった。
ああ、彼らへのあの感覚は「いたわり」だ。
今気づいたけど「いたわり」と「ねぎらう」はそれぞれ「労り」「労い」と同じ漢字を使うんだなーーそれはともかく。
いたわりには、相手への敬意が含まれると思う。
相手そのものじゃなくても、相手の人生への敬意でもいい。
それが自然と生まれて、それは愛で、私はあんなに恨んだ相手にも愛を持てるようになったんだ。
それってスゴイことーーもしかしたら何よりも一番尊く、嬉しいことかもしれない。
壁叩きが始まった頃には、こんな豊かさが得られるとは思いもしなかった![]()
まだもうちょっと奥行がある気はしてるから、この件はこれで完了って訳じゃないんだろうけど、こんな風に思えるのは結構終わりに近い気がしてる。
後はお任せ、どんな美しい決着を見せてくれるのかーー宇宙にお任せして、私は私を楽しんで過ごしたい![]()
読んでくれてありがとう![]()
充実した満月前夜を過ごされますように![]()


