こんな記事を書いた。

 

一切思考しないと決めて、そこまで手放せたのは、「私」を全肯定できた瞬間があったから。

 

それについて今回は書きたい鉛筆

 


 

統合を始めて七年目、色々手放してきたつもりでも、どこか意識が外向きなところがあった。

 

自分にはアレが無い、コレが足りない…と、薄っすら思う自分を感じていた。

 

とはいえ、もうエゴが主導権をとれない所まで来ていて、本心じゃないから動けないし、そこで行き詰り感?があったりもした。

 

それが何かふと、YouTubeを流し見していて「私ちゃんと感じ取れて、合ってる。分かってる」と思ったびっくり

 

途端に自分を「これでいいんだ」と全肯定できて、視点が一気に拡大。

 

今この瞬間の周りの全て、ここに至る過去の全て、そしてこれからの全てに感謝が溢れた。

 

どんなに否定していたことであっても、「今まで・今ここ・これから先」の全部が正解で、全部に全部が無駄が無く、完成されている。

 

それが瞬時に分かって、その美しさに頭を垂れるだけ、感無量となって、全てを手放せる勇気が生まれた。

 

 

「私ちゃんとやれているんだ」と分かった時、同時に、人との違いも全て肯定していた。

 

それまでは人のことを異物?のように捉えている節があったのが、「私」と同等のホログラム?に見えて、そこに肯定しかない、みたいな感じになった。

 

多分、小我の「私」を離れ、全体から眺める視点へと移行したんだと思う。

 

「全体が完全」だと、人ひとりひとりの違いすら完全性の表れだと知っている状態になった。

 

途端に「ちがいって何て尊いのだろう!」と、ちがいの美しさに感嘆が止まらなくなった。

 

「ちがう」から調和するーーオーケストラのハーモニーのように「ちがい」が完璧に調和した美しさを求めて、この地球そしてこの宇宙が創造主によって生み出されたのだと理解した。

 

そして、小我の「私」が今日本の大阪にいて、ここでこうしているのも、全て「調和」の為だったとも憶い出した。

 

 

私はここに調和をもたらす者ーー闇が深く、光が強く、それらを統合できるだけのパワフルさがあるのが私ほっこり

 

情にもろく、極端で、疑い深く、打たれ弱くも、芯が強い。

 

それが今世での「私」の個性(人とのちがい)で、過去世を含めた今までのそれらが統合されて、今ようやく「使われ」ようとしている。

 

今までの個性は、全て「役割」の為のもの。

 

そこに一切ジャッジはいらない、落ち込む必要も批判もいらない。

 

この宇宙の目的の為に、必要だから存在する(もしくは、存在しない)のだ。

 

だから、迷う必要がない。

 

全ては私たちの捉えられないレベルでの最善最高へ向けて、移り変わりゆく。

 

どんなことが起きても全肯定して、宇宙の完全性に委ねて調和する。

 

それを知って、勇敢に生きていこうーー私はそうすると決めたほっこり

 

今、内側から溢れ出る「愛している!」の響きと共に、愛と勇気でもって、進んでいきたい。

 

 

この記事は、自分に対する遠慮も不信も疑いも全部排して、思い切って書いてみたてへぺろ

 

そしたら、するする言葉が出てきて、自分の役割までをも憶い出せた。

 

自分は誰で、何をしに地球に来たのかーーそれを憶い出すコツは「自分の全肯定」キラキラ

 

よかったら、試してみてね虹

 


 

読んでくれてありがとうびっくりマーク

今週も素晴らしい日々を過ごされますようにキラキラ