魔女とレヴィ 第2話 霜が降りる頃に 

自らの声に気づき、ハッと口を覆う。

エルは、何も言わずに目を伏せた。


「……あら、レヴィ。おかえりなさい。」


百合夜の声が、穏やかに夜を満たす。

その響きに、レヴィは言葉を失った。

胸の奥に、かすかな安堵が灯る。

「……ただいま。」


百合夜がそっと手を伸ばす。

冷えたレヴィの手を包むように握ると――


その瞬間、体の奥に沈んでいた黒い霧が、

かすかに震え、そして消えた。


押し込めても、形を変えて蠢いていたそれが、

まるで風に溶けるように、音もなく消えていく。


「……な、に……?」

息が漏れる。

胸の奥が、軽い。

そんな感覚を、もう何年も忘れていた。

闇が薄れていくほどに、逆に心がざわつく。

理由も理屈もわからない。

ただ確かに――“あの霧”が、百合夜の触れた場所から消えたのだ。


百合夜は気づかぬまま、微笑んでいた。

「今日は冷えたでしょう? ……少し、休んで。」


その笑みが、どこか遠い記憶を揺らす。

レヴィはただ、言葉もなく彼女を見つめた。


(なぜ……お前が、この闇を消せる……?)


その疑問だけが、静かに残った。

風がやさしく部屋を巡り、銀木犀の香がふたたび漂う。

まるで、夜そのものが眠りにつくかのように――。


夜は、もうすっかり更けていた。

奥の部屋から、百合夜の寝息がかすかに聞こえる。

レヴィはストーブの前に座り、ゆらめく炎を見つめていた。

彼らは眠らない。

ただ、炎の揺らぎの奥にある静けさを、じっと見ていた。


胸の奥の霧――

あれほど重かったものが、いまは静かに沈んでいる。

理由はわからない。

考えても、答えは出ない。

「……考えるのは、やめよう。」


レヴィは息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

窓の外には、霜をまとった庭。

風が木々を揺らし、月が白く光を落としている。


その景色が、わずかに心を満たした。


「……悪くない。」


背後で、戸口にもたれる気配。

エルが静かに立っていた。


「俺、戻るわ。」


「……ああ。」


エルは軽く片手を上げる。

その掌に、淡い光が集まった。


「……Spiorad, éist liom.(霊よ、聴け)」


低く響く声に、空気がわずかに揺れる。

白い光が足元を包み、彼の姿は光に溶けるように消えた。


再び、静寂。

ただ、庭の音だけが残る。


レヴィはもう一度、外を見やった。

夜気が頬を撫でる。

それでも、胸の奥は不思議と穏やかだった。


――ここは、悪くない。


そう思った瞬間、風がやさしく吹き抜けた。